プロローグ 若奥様は今日も元気
共通プロローグ企画参加作品です。
夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。
一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。
音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。
男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。
力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。
「と言うのが馴れ初めです。」
ニコニコと記憶喪失の私に奴が言った。
「記憶喪失だから私。」
ニコニコ圧力に負けまいとニコニコ笑う。
「そんなあなたを嫁にして囲い込むように守っている私にこんな仕打ち……」
泣き真似をするマッチョ男は一応夫のアルスだ。
プラチナブロンドの長い髪をひとつに編み込んだ灰色の目をした美丈夫だ。
毛皮で縁取られたゆったりした長衣のうえからは細かい細工の笛のついた首飾りがゆれている。
「ないてもキノコはなくならないから。」
キノコの肉詰めをフォークに突き刺して出した。
「そんなものよりあなたが食べたい。」
甘く微笑んでフォークをもつ手を両手で包む。
この……ごまかそうったってそうはいかないんだからね。
「キノコを食え。」
私は一言命令した。
ひどい、本当に嫌いなのにとぼやく夫から視線を外して思いを馳せる。
確かにこの傭兵団の若長に助けられなきゃ死んでたよ。
冷たい雪の中凍死……いったい私はどこから来たんだろう?
薄いワンピース……裸足……
あそこに放り出されたのなら確実に悪意を感じる姿だよね。
足あとが無かったらしいし……
と言うか周りに全然足あとが無かったらしいです。
それ考えると怪奇だよね。
白い雪原に黒ぐろと長い髪が散らばり血の気のない妙齢な女が……おまけに記憶がないときてよく拾ったよ、アルス。
「リサ、さっそく愛を確かめに行きましょう。」
いつの間にかアルスが隣に移動していた。
甘く微笑んで抱きしめようとしたので押し返して無言でキノコの肉詰めを見た。
全く減ってない。
「食わないんなら今日はお義母様の部屋にビバークするから。」
私はきっぱり言った。
「リサ〜。」
奴はなさけなく叫んだ。
ところで若長情けねえと傭兵たちの声がしだした。
息を潜めて見守っていたらしい。
「リサさん、あんまり若長をいじめないでください、めんどくさいから。」
新人団員のミルファが両手を合わせた。
白狼の遠吠えというこの傭兵団は巨大狼を友とし戦う……
北の英雄……あるいは蛮族と呼ばれている一族だ。
「リサ……食べますから。」
その勇猛果敢な若長という名の大型ワンコが私の夫だ。
キノコでそんな悲壮感出されてもなぁ。
嫌々ながら食べるアルスを見ながらお茶をすすった。
若奥様最強って何さ、ミルファ君?
「来週の宮廷に行く準備は出来ているのですか? 」
嫌々ながらもキノコを口に入れたワンコが口をふいた。
出そうとしてる気まんまんなので睨みつけるとえづきながらのみこんだ。
私の料理は毒物かい。
「行かないといけない? 姫さまと顔合わせたくないのよね。」
私はほいっと口直しに芋のフリッターをアルスの口に突っ込んだ。
「ゲルダ姫さまですか? 」
アルスが溜息をついた。
ついでにキノコの皿をさり気なく団員に渡した。
あとでしめる……人が一生懸命つくったもんを……
巨大雪狼が雪原を走る。
その背中に心通じた相棒とその伴侶な私を乗せて……
わ~……防寒してきたけど鼻水出てきた。
北の王国デリウスの冬は雪深い。
王都デウセリアは今日も雪に埋もれていた。
その中央にそびえ立つ玉ねぎ型の妙に可愛い赤い屋根の塔がつらなる建物が宮廷だ。
「きちまったよ。」
私は身を乗り出した。
雪にいどろられた都は今日も賑やかだ。
「動くと危ないですよ。」
後にのるアルスに引き戻された。
しっかり抱きしめられる。
「アルス、子供じゃないんだけど。」
私はヤツを見つめた。
そんなにしっかりだかんでもハーネスにきっちり命綱つけてるしね。
「ああ、なんて目で見るのですか……」
アルスはつぶやいた。
聞いちゃいねぇ……この大型ワンコ。
首筋をなめやがった。
「このクソワンコ!」
私は大型ワンコの手の甲に思いっきり爪をたてた。
リサ〜。夫婦のふれあいですよと大型ワンコが訴えた。
ところでクスクスと笑われた。
いつの間にか宮廷についていて前を走っていた雪狼からおりるところのお義母様たちに見られていたみたいだ。
「夫婦なかが良い事はいいことだが、自重も時には必要と心するが良い。」
お義母様を抱きおろしながらお義父様が苦笑した、夫と同じくがたいのいい灰色の目が印象的な美丈夫で金髪の長い髪をあみこんでる。
「そうね、帰ったら思いっきり甘えたらいいわ。」
長いプラチナブロンドの髪をゆったりと結い上げた青い目の美女がクスクス笑いながら言った。
先帝陛下のイトコでデウセリアの白花とうたわれたこの人がお義母様です。
そう考えるとこの大型ワンコ、ずいぶん高貴な生まれだよな……まあ、関係ないけど。
私を抱き上げたがる奴をかわしてぴょんと雪狼からおりて宮廷にはいる。
デリウス氷帝国はアーレンシア大陸の大国だ。
一年の半分を氷と雪でおおわれた最北端から雨期と乾季のある最南端まで支配しているが本拠地はこの北の宮廷ということになる。
一緒に雪狼デアもついてくる。
「アルス兄様〜。」
宮廷の広いホールを愛らしいプラチナブロンドの美少女がかけてくる。
「ゲルダ姫。」
アルスがぶつかる寸前で抱きとめた。
「アルス兄様、おいでいただけて嬉しいです。」
猫のようにすりっとアルスにすり寄りながらゲルダ姫が笑った。
明らかに私を意識している。
「あらあら、ゲルダは甘えん坊さんね。」
デリウス最高の貴婦人、エレイン皇后が金の長い髪を水晶の飾りぐしでゆい上げて紫の瞳でほほえんだ。
「だってお母様、私の王配はアルス兄様と決めてるのですもの。」
ゲルダ姫がしっかりとアルスにしがみついて上目遣いをした。
ゲルダ姫……ゲルダ皇太女殿下はこの広大な帝国の後継者でエレイン皇后と皇帝陛下、オロシャルド陛下のひと粒だねだ。
この皇帝夫妻、まずいことにお互いしか見てない。
側室候補の令嬢やら御令息を送り込もうとしたらしいけど……すべて撃沈したらしい。
先帝陛下もやばいくらいいちずだったし……ずばり皇族は先細りだ。
女帝はまったく拒否感はないらしいんだよね。
「ゲルダ姫、私はすでに結婚しているのです。」
ワンコが困ったようにほほえんだ。
「わーんアルス兄様のいけず〜。」
わがままなフリしてガッチリ抱きつくのは流石です。
ああ、今日も修羅場な予感。
子供相手にきついよ……
横でくうっと雪狼がないた。
アルスの相棒のデアだ。
なんか同情された!?
微笑ましそうに皇后陛下とお義母様が笑い合ってる。
あれ、子供の戯言じゃないですから。
明らかにえものを狙うハンターの目だよ。
まあ、良いけどさ。
冬の宮廷には多国籍状態のようだ。
色とりどりの衣装に肌色目の色髪の色が溢れかえっている。
だから私の黒髪黒目ごとき埋没……なんか見られてる気がする。
キョロキョロとあたりを見回す。
うちの大型ワンコがゲルダ姫に手を引かれて拉致られて行くのが見えてムッとした。
微笑ましい光景なんだろうけどさ。
「アルスの馬鹿……」
悲しくなってうつむいてつぶやいた。
「お寂しいのですね。」
鈴のなるような声がした。
振り向く美しい黒髪の美女が立っていた。
「あ、あの。」
私は小首をかしげた。
「ごめんなさい、あまりに寂しそうなものですから。」
美女が艷やかにわらった。
私が寂しいからって何なのさ。
というか知らない人間にいきなり話かけるなんて……
本当に私、知らない……あれ……なんか……
「警戒してらっしゃるの? 私はスッセリア聖王領のアーティンシアと申しますわ。」
女性がますます妖艶にほほえんだ。
「スッセリア……」
聞き覚えがあるようなないような……
少し頭が痛い……
「顔色がお悪いですわ。」
女性が妙に優しく私の手を握った。
気持ちがスッキリしない……
「参りましょう。」
囁くように耳元で女性……アーティンシアが言った。
甘い香り独特の香りに何かが脳裏によぎる。
どうしよう……本気で吐きそう。
崩れ落ちそうになってよろめいた。
「リサ、大丈夫か!」
向こうから大型ワンコが向こうからおおまたにやってくる。
「あら、邪魔者が……」
甘い声で囁いて私の髪をなでてアーティンシアが2つの黒を持つ者は貴重だもの逃せないわと言った気がした。
ところで意識を失った。
スッセリア……大きな木……
光り輝く建物……
甘い気持ち悪い香り……
これは……誰の……あの人影は何?
意識が深く沈んでいく……ああ、気持ち悪い……
駄文を読んでいただきありがとうございます。