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∮-86、 思わぬ再会

 白い肌に薔薇色の頬と唇。

 瞳は常に潤んでおり、それが印象に儚げさを与え、《白百合》を取り巻く者達は庇護欲を刺激されるらしく、いつも多くの貴族に囲まれている。

 それが悪いと誰も訴えることもなければ、疑問にさえ思わない。


 なんと解り難くて解りやすい腐敗の構図だろうか。


 痛みでぼやける意識を麻薬にも似た薬湯で誤魔化し、大きな姿鏡越しに自分と視線を合わせれば、眉を顰めたくなるほどに醜く痩せ衰え、顔色の悪い女が鏡の中にいる。

 こんな女は誰からも愛されることはないとわざわざ諭されなくとも自ずと理解できるが、幸運なことなのか、はたまた単なる物好きなのだろうか、こんな女でも全てを終えた後には生涯を共に歩んでくれると言う相手もいる。


「......バカなヒト。望めば爵位を奪えるのにね」


 ひやりとした鏡の手触りが、疼痛で生じた熱を程よく冷やしてはくれるが、流石に心の穴は塞いではくれない。

 じくじくと膿むような寂寥感と罪悪感は、捨て、凍て付かせたはずの感情がまだ捨てきれてないと私に叫び、今すぐにでもこの国の王と話し合うべきだと促す。

 確かに武で国を治めるよりも文と法で国を統治する方法が望ましいとの風潮はある。


 なれど、それは恵まれた環境と資金がある故の考えだと考えてしまう私は可笑しいのだろうか。


 他国ではすでに王政を取りやめ、民自らが法を整え、議員を中心に成り立っている国もあることは有名ではあるが、実際は何処かの国の一部であると言うのは実は知られているようで知られていない事実。

 確か実質治めている王は多民族を統一した覇王だとか。


 名前は、そう。


「ジャハール王・ムルイヌデヒド二世...」


 屈強な肉体に背中に走る、斜めに肉が引き攣れた大きな裂傷は、敵国から逃れてきた難民を庇った為とも、不覚を取ったモノとも噂されているが、真実は明らかにされていない。


 そんなことを考えながら鏡から手と視線を離し、大きな寝台に眠る人物に歩み寄れば、私より高い体温に泣きたくなるくらい安堵を憶える。


 ああ、私はまだ生きている。

 まだちゃんと感じることが出来る。

 まだ人らしい部分が残っている。


 緩やかでいて柔らかな髪質は洗う時に苦労するけれど、その分触り心地は高級なシルクをも凌ぎ、指先で梳くだけで心が凪ぎ、疼痛をも和らげてくれるような気がする。


 きっと彼とて想いを寄せられたり、寄せている相手もいるだろうに彼は愚かに、そして残酷ともいえるほど私に優しく甘いので、傍に居てくれると、なにを失ってでも自分だけは傍に居ると約束してくれたのだ。


 その真意は私に例えどんなに苦しくとも簡単に死を選ぶなと言う事だろう。

 でもそれは確約できない。

 だから私は彼が手を伸ばしてくれるのなら、淫売、娼婦、毒婦、妖婦と人々から影口を叩かれようとも拒みはしない。


 が。


「起きなさい。いつまで私の寝台を占領しているつもりなの?」

 

 ゆさゆさと細くも引き締まった体躯を揺り動かせば、薄らと瞼が開かれ、そのまま頭を引き寄せられ口付けられる。

 最初は親愛を現すが如く啄むように。

 次第に深く、交わるように。

 普段ならばここでなし崩しに寝台に押し倒されていたのだが、この日は違っていた。


「――姉上から離れなさい!!この下郎めが!!」


 凛と響く高らかな硝子の様な美しい声音が私の鼓膜を揺さぶった。

 最初は聞き間違いかと思った。

 けれど。


「もう一度言うわよ?私の姉から離れなさい!!姉はこの国の王妃なのよ!?」


 恐る恐る振り返った視線の先にいた、小柄な少女は、二度と逢えないと思っていた最愛の家族の一人の妹だった。



 ねえ、ユミフェル?

 貴女は覚えているかしら。

 貴女が初めて姉上と呼んでくれた日の事を。

 貴女があの人にどんなことをされたのかも知らなかった私は、ただただ純粋に、貴女に久方ぶりに会えたことが嬉しかったの。

 ねえ、ユミフェル。

 こんな愚かな私を、それでも姉と呼んでくれるかしら。

 最低な形で貴女を騙した私を貴女は許してくれるかしら。

 許してくれなくてもいいの。

 でもね、これだけは覚えておいて欲しいの。


 私とあなたはね、――と――様との間に生まれた、愛し愛された関係で廻り生まれた姉妹だってことを。


 後年、これらの言葉が綴られた手紙がジャハール王籍簿から発見されるのは、まだ誰も知らない未来の話。


 

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