∮-71、 吐瀉
「祝賀会の縮小・・・?それは正気なのですか、陛下」
年も改まり、早4月が経過したとある日の昼下がり。私は王の私室に呼び出され、味のしないお茶を飲まされながら、あり得ない話を打ち明けられた。
そんな事位で、珍しく話があると言われ、念入りに化粧した自分が愚かしくてならない。
甘い期待など抱かないように誓っていたのに、二人っきりで話したいと王の侍従から伝えられた途端、無様にも浮かれてしまった私。
ナターシャの夜泣きが激しくなり、夜な夜な1刻置きに起こされ、その度にあやしたり、ミルクを含ませてみたりで、碌に取れない睡眠時間の補完時間を削ってまで支度したのに。
思わず瞳を眇めてしまったのは、自分の心の甘さとに自己嫌悪し、気を抜くとすぐにでも忍び寄ってくる睡魔と闘っていた為。
けれど、そんな事とは知らない王は、私を蔑むようにして睨み、そうなった原因は主に私にあるなどと言う世迷言を言って来た。
と言うのも。
「これを見てみろ、全てお前が今まで浪費してきた王室の資金だ。金を何だと思っている。王室の使う金は民の税金だと理解しているのか」
そんな事など諭されずとも既に理解しているし、私一個人も一つの領の主。けれど、そんな言葉など初めから聞く耳を持ってないだろう王は、とにかくと、断言した。
「暫くは夜会も控え、華美な振る舞いは自重するように。――少しはシアを見習ったらどうだ、妃よ」
――シア。
王は事あるごとに私に当てつける様に、あの娘を褒め、愛称で呼ぶ。それに引き換え私はずっと《お前》か《妃》、または《正妃》。
そんな扱いの差に、私の中に歪んだ考えが生み出された。
もしあの娘が正妃、または王妃になったのなら、私の様に名前ではなく称号と言う名の記号で呼ばれるのならば、それほど胸が空く仕返しはないだろう。
愛した者から名前を呼ばれないということは、実は想像以上に辛く悲しいことだとあの娘はまだ理解しえていないはず・・・。
ならば・・・、私がそれを教えて差し上げればいいのだ。
皆が望む未来の王妃陛下に。
クスクスと嘲るような笑みが零れてしまった私は、王から厳しい視線を寄こされたが、もう何も思わなかった。
ただあるのはあの娘に対する憎悪と、王へ対する妄執的なまでな執着。
それを私自身で理解した上で、私は目に見えない頭の中の盤上で駒を進める。
まずは一つ・・・。
「恐れながら陛下、資金がないというのならば税を値上げし、貴族からも絞り取ればよろしいではありませぬか。何のために彼らがいると思うのです。彼らは王の駒ですのよ?それに民は私達王侯貴族には逆らえません。逆らうのなら殺してしまえばよいのです。税を納めるのは、民の務めですわ。」
パンが食べられなくなるというのならば、パンを食べずに、コーンを乾かし、細かく挽いた粉を水で溶き、薄く伸ばして焼いて食べたら良い。
それさえ無理ならばあの村の住人達の様に、土でも蛙でもなんでも口すれば良い。
「王家が民に遠慮して、慎ましくする?は?何処の三流作家が書いた国の物語りですかそれは。王家が倹約するという事はそれだけその国が資金に困窮し、国を守る防衛費もままならないという事を他国に自分達から知らせる様なモノです。そんな貧弱な態度を陛下は取ると仰るのですか。」
だとしたら、幻滅しますわ。と、私はわざと王の怒りの壺を突っつく様に言葉を選び、あたかもたった今思い出したかのように、にっこりと笑い告げた。
「そうそう、新たに設えたドレスが気に入らないのです。明日にでも新しい商人が来ると言うので、代金を払っておいて下さいませ。――さあ、お話が済んだのなら、私を部屋に返して下さいな。これから愛しい人が部屋に尋ねてくるのですから」
言い終えた直後、お茶をその場で飲み干した私に向けられたのは、王の側近たる騎士や侍従からの痛烈なまでの批難の視線。
王は王で、もはや私の顔など見たくないという様に顔を逸らし、私を羽虫の様に手で追いやる仕草をしていた。
私はそんな彼らの態度を無視して、完璧な礼をして見せてから、自分の部屋に戻った途端、胃の中のモノを全て吐き出していた。
自分の吐きだした吐瀉物で、両手やドレスがデロデロのドロドロに汚れた中に、その不吉な色が混ざっているのを見なかった事にし、私は胃の中が空になるまで、二ーナが駆け付けて来てくれるまで、一人で悶絶しながら吐き続けていたのだった。




