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∮-62、 ★出産

 ――ハァハァっ、ハァ、ア~ーーーッッ


 まだ薄暗い夜明け前の朽ちた聖堂苦しげに響く声は、私が生涯の忠誠を誓った主であらせられる王妃様こと、マリア様。


 マリー様が破水なされたのは、既に三日も前の朝の事です。

 その後、その日の夜に陣痛が始まり、翌日には生まれるかと思われたのですが、そんな気配は無く、ジクジク、ジワジワと定期的に襲ってくる陣痛に苛まれ、マリー様はその間、失神と気絶、覚醒を何度も繰り返され、ようやく今夜になって生まれる兆しが見えて参りました。


 通常のお子は、十月十日母体にて育ち、それから生まれるのだと私は聞き及んでいます。ですがマリー様は月足らずで破水なさり、それに加え痩せ細った身体で双子を身籠ってらっしゃるとのことで、死と隣り合わせにあるそうです。


 私がこうして冷静な心を保とうとしている間にも、マリー様の身体からまた「ふ」と、力が抜け、苦しみを訴えられる声が止まってしまいました。


 すぐにマリー様のお近くにおられたアマンダ様が、ぺチぺチとすっかり白くなってしまわれたマリー様の頬を叩いても、マリー様は目を覚ましては下さいません。


 ああ、これで何度目になるでしょう?


 出産で命を落とす事が珍しくないこの国で、もしマリー様がその様な事になってしまっのなら、私達は自分達を生涯許せない事でしょう。


 ――バシンッッ・・・!!


 一際大きな乾いた音を立て、マリー様の頬を叩いたアマンダ様がポロリと涙を溢されます。

 私はそのただならぬ様子に嫌な予感がしました。


「・・・して?」


 呟くようなアマンダ様のお声は、絶望の色に染まっていました。それでもソレを認めたくないと、何度もマリー様の頬を叩き続けられるアマンダ様は、恥も外聞も無く、まるで駄々を捏ねる子供のように喚きだしました。


「どうして目をお覚ましにならないのですか!!ここで諦めてしまわれるのですか?お子を、我が子を見ぬまま、胸に抱かぬまま、私達を置いて逝かれるとでも仰るのですか!!」


 そんな事は私が赦しませんわ!!と、声の限り絶叫したアマンダ様は、マリー様の胸元を肌蹴させ、そこに耳を着けるなり、ぎゅっと目を瞑りました。そして、ぐっと奥歯に力を込めて噛むなり、胸の辺りを定期的に押しては、口から直接息を吹き込む行為を何度か繰り返しました。


 その間、私は何とかマリー様に目覚めて貰おうと、両手で包み込むように手を握り、子供たちは子供達で、何度も清潔な布でマリー様の顔を拭いたり、いつでも産湯が使える様に、男性陣と寝ずの番でお湯を沸かしていました。


 それは何度目の事だったでしょうか。

 アマンダ様が息を吹き込まれようと、マリー様の唇にご自分の唇を着けた時、ふるふるとマリー様の瞼が震えたのです。

 それを見逃さずに捉えたアマンダ様は、流石としか言いようがありません。


 ことは大切な主の命が関わっているのですから。


「お目覚め下さい。もうすぐお子に逢えるのですよ?貴女様を無条件で慕い、愛して下さる家族が生まれるのですよ!!」 


 このアマンダ様のお言葉がマリー様のお心を掴んだのでしょう。

 とろりと眠たげに開かれたマリー様は、些か幼い言葉と口調で、「かぞく?」と、アマンダ様に問い返し、それからもう一度自分の発した言葉を確かめる様に、かぞく、と繰り返し、私達が初めて見る、飾らぬ笑みを浮かべたのです。


「かぞく。わたくしの、かぞく。」


 嬉しげに、愛しげに呟くマリー様。

 私とアマンダ様がそんなマリー様のご様子にホッと安堵の息を漏らした所で、マリー様の口から、理解出来ないくらい、衝撃的な言葉が零れ出て来ました。


「わたくしと、へいかの、こども。へいかとわたくしの、かぞく。・・・、はやくあいたい・・・。」


 子供を産めば、褒めて下さるわ。優しくして下さるわ。きっと、良くやったと褒めて下さるわ。

 そして、私の事も少しは愛して下さるわ・・・。


 願うような、乞うような、切望する様な柔らかな囁きは、その場に居合わせた私とアマンダ様の胸に、ズシンっと、重く響きました。


 私達はいつの間にか忘れていたのかもしれません。

 マリー様は王妃と言う立場である以前に、18歳の一人の女でしかない事を。

 

 13歳で親元を離れ、一人異国の地に参られたマリー様。

 私はそれを知っていたのに。

 初めからお傍にいたのに。


 女は嫁げば、その国・家に生涯尽くす事が大前提であるのに、マリー様は本来頼るべき方々から忌避され、侮辱され、侮られ、無視され・・・。

 オマケに庇護して下さると信じておられた筈の陛下からは見放され、寵姫を囲まれ。


 人はその人に愛が深ければ深い程執着するのに、私達はそれを今の今まで見て見ぬフリをしてきたのではないでしょうか。


 最後の力を振り絞って、ウーン、ゥーんっと、唸り、必死にお子と共に戦っているマリー様が哀れで、いじらしくて、愛おしくて、微笑ましくて。

 そして申し訳なくて。


「もうすぐですわ!!頭が見えましたわ!!ほら、もう少しですから」


「痛い、イタイ、いたいッッ!!」


「お子達も頑張ってますのよ!!ほら、もう少しですから――ほら、生まれましたわ!!」


 ぐっと、マリー様の眉間に皺が刻まれた瞬間、響いた二つの高い泣き声。

 一人目は赤い毛色の王女様(後のナターシャ王女殿下)、そしてもう一人は、この国の初めての男子でもある金色の髪の王子様(リューイック王子殿下。)


 アマンダ様の手によって取り上げられた二人の御子は、まるで時を見計らっていたかのように、日の出と共に生まれ、元気に産声をあげたのでした。

 ですが、マリー様は・・・。


 王妃様、仕方のない事とは言え、さぞあの時はお辛い判断だった事でしょう。

 王妃様、それでも貴女様は最後まで私達の敬愛すべき王妃様であらせられました。

 王妃様、そんな貴女様だからこそ、私は貴女様にお仕え出来た事が、私の生涯の誇りにございました。


 ですから、どうか、お一人で消えてしまわれないで下さい。

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