∮-57、 ★主の元へ
アマンダ視点。
私はあと何度自分の大切な人を失えば、神から赦しを得られるのでしょう。
一度目は大切に育てていた娘が賊に攫われ、二度目は生涯の伴侶と定めた夫を奪われ、三度目は夫と共に忠誠を誓った主を唯一無二の主を失い。
特に三度目は、夫が命を奪われたと聞かされた時と同じ位の衝撃を受けました。
初めは憎んでいた相手であり、夫の仇と怨んだ相手でもあった、べネディール王国生まれの王妃様。
無謀にも後宮に押し入り、命を狙った私の愚行を寛大なお心で寛容して下さり、娘の非礼さや無知、偽善行為の裏で生じた弊害を、誰にも言わずに片付けてくれた王妃様。
娘のルネーシアは、生まれながらの夢見がちな娘で、幼い頃から自分の思い通りにならないと、周囲の大人を泣き落したり、罪悪感を募らせたりして自分の中の欲を満たしていました。
私が娘のその危ういモノの捉え方を、正確に理解したのは、娘が賊に攫われた後に救出された後の事でした。
娘は恐ろしい思いをしたはずに違いない。
帰りたいと泣いているに違いないと思い、慌てて領地から王都へと出向き、迎えに行ってみれば、娘は陛下の隣でうっとりと頬を赤らめ、恋に恋している状態でした。
控え目に微笑んではいるものの、一国の王であらせられる方にしな垂れかかる姿は、自分が物語の主役にでも選ばれたかのような尊大な振る舞いでした。
私はもし一つ何でも願いが叶うと言われたのなら、あの時に戻れるものなら戻りたいと、切に願うことでしょう。
それでもし戻れたのなら、私は誰に咎められようともきっと娘を領地に連れ帰ったことでしょう。
「・・・さま、お母さまったら、私の声は聞こえているのでしょう?返事をして頂戴」
何度呼ばせるの?と言う娘の言葉は、今の私には何も響きません。
私はあの御方に仕えると心に決めた時、一度死んだのですから。それは侍女仲間のニーナも同じだったようで、彼女はあの御方と離れてからは、にこりとも笑わなくなりました。
それでも、勤務態度が優秀だったことから、彼女は《月の白百合》様に直に信頼される結果となりました。
アーランド殿はニーナとふざけ合う事も無くなり、常に《月の白百合》の傍にあるように命じられ、命じられるがままに、まるで生きた屍の様なありさまに。
ウルグ殿とデイル殿に関しては、規則を乱したと言う理由で、あの日から10日以上が経過していると言うのに、未だに重罪人用の牢の中に閉じ込められています。
ひらりと、窓の外では音も無く世界を白銀に埋め尽くす冬の華が降り積り、今よりもっと世界を白くしようとしています。
「ちゃんと食べてらっしゃるかしら。ニンジンは残されてないかしら。いいえ、そもそもお口にしていらっしゃらないかもしれないわね。」
「お母様?」
「あぁ、産着は出来たのかしら。それともまた無理をして身体を悪くしていらっしゃらないかしら。ねぇ、二ーナ?」
「お母様ったら!!いつまであんな方を心配してらっしゃるの?私の首飾りを自分のだとウソをついた人の事なんて「無礼ですわ!!」
きっと娘は私が王妃様ばかり案じる事が許せなかったのでしょう。
それ故に、娘は私が二ーナに対して投げかけた質問に腹を立て、王妃様に対する侮辱の言葉を放ち、それを途中で遮ったのは、それまで存在を一瞬たりとも感じさせなかったニーナでした。
その時の彼女の瞳は、今にも《月の白百合》と渾名され、自惚れている私の娘だったはずの少女を射殺しそうなほどに鋭く、また、どうしようもない切なさを湛えていました。
ニーナは王妃様がこの国に嫁いできてから誠心誠意仕えてきた忠義な侍女だったのです。
そんな彼女の前で王妃様を侮辱すれば、どうなるかは想像に難くないでしょう。
わなわなと全身が怒りから震えている二ーナは、キッっと、娘を睨むなり、白いエプロンの紐を解き、私とアーランドを見据え、遂にその言葉を言い放ちました。
「私の名前はニーナ・レフェクト。我が一族の理念は《己が信念を貫く事》――私の主はマリア様の他にありません。私は本日限り、永のお暇を頂戴いたします」
それは事実上の叛旗を掲げた瞬間でしたが、その一言で、どうやらアーランド殿は眼が覚めた様です。
そしてほかならぬ私も。
「――そうだな。たまには良い事を言う様になったな。褒めてやる。」
「えぇ。そうね。」
心は決まりました。
椅子からスッと立ち上がり、私はニーナとアーランド殿と微かに微笑み合い、外へと駆け出しました。
その頃、時同じくして、ウルグ殿とデイル殿は、ベルトの中に隠し持っていたナイフで互いの戒めを解き、看守の交代時間の隙をつき、牢からの脱獄に成功していました。
私達のこの行動は直に謀反と認識されました。
ですが、それはあくまで、あの御方に弱みを握られていると言う形で。
王妃様、私はあの時にもう一度この世から消え、また生まれ変わったのです。
王妃様が命じたのではありません。
王妃様に弱みを握られていた訳でもありません。
王妃様、私達は貴女様の事が自国の王より、そして自分よりも大切だったのです。
ですから王妃様お願いです。
もしお許し下さるのなら、もしお聞き届け下さるのならば・・・。
どうか、どうかっ!!
私達が王妃様が移封された、《保養地》とは名前だけの辺境の地に辿り着いたのは、月雹の終わりの頃の事でした。




