∮-48、 ★水面下の波紋
二ーナ視点
マリー様のお腹も漸く妊婦らしく大きくおなりになられた頃、私とアマンダ様はその相談と報告の内容に、頭を悩ませざるを得ませんでした。
どうしてあの御方は、マリー様のお立場を顧みる行動をなされないのでしょう。
どうしてこんなにも面倒な問題の種を容易くばら撒き、芽を出させようとしているのでしょう。
ほとほと呆れ果て、言葉も出ないとはまさに今の私とアマンダ様の様な事を言うのでしょう。
季節は冬間近の霧雨の月の中旬。
マリー様の食欲減少と言う困り果てた悪阻も完璧に治まりつつあった頃合い、私とアマンダ様は、二人の側室と一人の女官から、内密に今後の進退を相談されてしまいました。
一人はマリー様と親交が深い(と言うよりはマリー様の根負けですけれど)アリス様、そしてもう一人のご側室様は好戦的な側室として知られている、名門公爵家のご令嬢の、確かビオラ様と言う御方。
そのお二人の付き添いとして付いてきたのは、憎き《白百合》派の筆頭である、ヒレイア女官長。
けれど、一体どう言う事でしょうか。なんとどんな時であろうとも冷静沈着と名高い、いけすかないヒレイア女官長と言う人があろうことに、侍女姿のアマンダ様を見るなり、震えだしたではありませんか!!
これは一体どう言う事なのでしょうか?と、思わず手を握り滾ってしまった私が不愉快だったのでしょう。アマンダ様は仕方ないとばかりに、私にしっかり口止めをしてから、ヒレイア女官長の驚きの理由を明かして下さいました。
「エミリーはね、――あ、エミリーと言うのは女官長の名前よ、憶えておきなさい。それでね、彼女は実は私の父の本妻の娘なのよ。私は表向きは彼女の父親の友人の一人娘って事になってるけど、それは真っ赤なウソ。だって、そのご友人とされている私の戸籍上の父は、男性しか愛せないんですもの。お笑い話も良い所ですわ。」
「――私がその事実を知ったのは、王妃様がこちらにお輿入れになられた直後でした。まさか母が命を奪った筈の異母姉が生き長らえていたとは、思いもよりませんでした。」
それに異母姉は義兄の死を嘆き、王妃様に対して怨みの籠った遺書を書き、狂い死んだと伝え聞いていたものでと言う発言に、アマンダ様はカラリと笑い飛ばした。
それはもう、ハッキリ、さっぱりと。
「確かに私はお妃様を恨んだし、憎んだわ。だって、私の夫を私の許可なくこの世から消してしまわれたんですもの。それで死を覚悟して、我が家の優秀な執事に私の死を偽装させて、お妃様のお命を獲りに行ったわ。――えぇ、今思い出してみても、何て命知らずなのかしらね、私とした事が。でも、お妃様はそんな私の不敬を寛大なお心でお赦し下さって、その上で私に《真実》を教えて下さったのです。――私の夫は生きている。と」
えぇ。そうですとも。
私の主であるマリー様は無意味に命を刈り取る事は致しません。もし命を奪う事があるとしたのならば、そこには何らかの理由があるのです。
あの低能な《白百合》とは最初から生きている次元が違うのです。
私がアマンダ様の衝撃とも言えるけれど、マリー様の真実のお姿を知っている方であれば当然な告白をしたり顔で頷いていると、ヒレイア女官長が、今度こそ魂が抜けてしまったかのように驚きで固まってしまわれました。
どうしてでしょうか。
ですが、少し考えればすぐに解る事でした。
何故ならば、女官長が驚かれた理由と言うのは...。
「どう言う事でしょうか、ハドソン伯爵は生きておいでなのですか?それならばなぜ、陛下に事実を申し上げないのです。御寵妃様も嘆き悲しんでおられたのですよ!?」
彼女のいつにない悲壮な糾弾に「それは、」と答えを返そうとした時、その御方は気配も無く姿を現しました。
「私が国を傾ける事しか頭にない小娘を気遣う必要が何処にあると言うの。《鷹》は私の為に一度この世を去り、そして生まれ変わったの。敵しかいないこの国で、初めて私に膝を折ってくれた私の《駒》よ」
聞く人が聞けば、ハドソン卿を人扱いしていない発言に聞こえるだろうけれど、それは違うのです。
人は見たいように見て、聞きたいように聞き、自分の都合が良いように曲解するのです。
・・・って、マリー様!?
「マリー様、身体をお起こしになられてはいけません。やっと熱が下がられたばかりなのですよ?もう少しご自愛くださいませ。」
「そうですよ、お妃様。さもなければ、このアマンダ特製の熱冷ましの薬湯をお見舞いしてさしあげますわよ?」
「・・・、やめて頂戴。アレは人の飲むものではないわ。」
「では今すぐに、寝台へお戻りくださいませ。アマンダと二ーナは忙しゅうございます。まさか心寂しいなどと幼子のような世迷言を仰せにはなりませんわね?」
「そこまで子供ではないわ。ただ目が覚めたから、水を貰いに来ただけよ」
プイッと、頬を紅く薄く染め、逸らした主は、年相応の少女に見えました。
その拗ねたような表情をしたマリー様を、お優しい瞳でアマンダ様は見守っていらっしゃいました。但し、言葉はあくまでも主を窘める類のモノではありましたが。
そんなアマンダ様とマリー様のご様子を、ずっと静かに見守っておられたご側室様の一人が、ポツリと言葉を洩らしました。
それほどまでに、マリー様の素顔は衝撃だったのでしょう。
「本当に、あの御方が《べネディールの魔女妃》様なの?あの人、私より小さな女の子じゃない!!」
最初は呟く様に。でも最後は叫んでいました。
でもですね、そうなんですよ。
真実はいつでも優しいと物とは限りませんのよ?
だから私はマリー様のお傍にいる事を選んだのです。
「17歳だと言うから、傲慢だと言うから、冷酷非情だと言うから、だから、だから」
「憎んでいたのに?」
アリス様のたったそのお一言で、もう一人のご側室様は、声を上げ号泣致しました。
その際、きっちり彼女の美しい顔に施されていた化粧が、あっという間に無残なモノになってしまったのは、報告をするまでもないでしょう。
泣きじゃくるご側室様と、マリー様に声をかけて貰えなかったといじけるアリス様、そして未だにマリー様の素顔を信じられないで固まったままの状態の女官長の4人で、北の塔の客間に残された私は、最初に打ち明けられた相談内容に真剣に無い知恵を絞っていました。
後日、その事実はマリー様の判断のもと、ヒレイア女官長を通して内々に発表されました。




