∮-32、 ★伴侶との再会
鷹(ハドソン伯爵視点)でどうぞ。
幾日振りかに踏んだ王都の地は、何処の荒れた領地よりも空気が澱んでおり、また民の笑顔は歪んでいた。それがどんな異常な事なのか、私はあの方の直属の密偵となり初めて知った。
王都では誰もが職に溢れる事無く、活気づき、明るく、社交的なので、多少の違いはあれど領地に住まう人々の生活もそうなのだろうと漠然とした印象を持っていた。だが、それが大きな間違いと思いあがりだったのだと痛感させられたのは、王都を出てすぐの事だった。
至る所で開かれている違法な闇市や奴隷の売買、そして年端もいかぬ少女達の花売り。何故そんな事をしているのかと、親はどうしたのだと問えば、私は娘より幼い少女で鼻で嗤われた。
『おじさん、幸せなヒトなんだねぇ~?ここではアタシが最年長なんだよ?アタシよりお姉さんの人は子供を孕むキケンがあるからって、生活費も稼げないんだよ?な~んにも知らないんだね?お偉いお貴族サマ?』
自分が最年長だとのたまった少女の年齢は、聞けば12歳と幾らなんでも幼すぎた。それでも客は付くのだ。そしてその客の殆んどが貴族か王都の豪商だともその花売りの少女は引き攣れた笑いを洩らし、この国には夢も希望もないのだと言葉を漏らした。
それは少女の偽りのない本音だったのだろう。
そしてそれはその少女だけの想いではなく、他の人々の想いでもあったのだろう。
少女は最後に自分達は王都に暮らす人々や貴族から見れば替えの効く雑草なのだろうと吐き捨て、また己の身体を武器に誰かれ変わりなく客引きを始めた。
それ以降も、訪れた町の先々で目にした光景は想像を遥かに超えるものばかりだった。その中でも特に劣悪な環境にいた子供達を半ば攫う様にして(事実、闇に乗じて拐した。)視察を休止し、王都へと戻ってきて王城敷地内にある北の塔であの方と対面した。
ここで断わっておくが、私が北の塔へと赴いたのは、あの方を呼び出す前に子供達を一時的に隠す為だったのだが、あの方は私が北の塔に姿を現したのを純粋に驚きながらも、よく無事で帰ってきてくれたと労を労ってくれた。
「それで?久しぶりの王都はどう?奥方には逢いたくない?」
「はぁ、王都は息苦しいですね。妻には会いたいですが、私はこの世に存在しない身ですので、どうにも・・・、それに何処から綻びが生じるか判りませんので、今は会えませんよ」
「あら、それなら大丈夫よ。彼女は貴方がこの世からいなくなった後、自らこの世から儚んでしまったから。」
ごしごしと垢に塗れた子供達の身体を磨きながら、あの方――王妃様はサラリと俄かには信じられない事を口にした。
何故なら私と結婚し、妻となった人は私を常に見下し、私相手に愛情を抱いているようには見えなかった。その妻が私が命を奪われた事で世を儚んだ?
「嘘だとでもいいたいの?彼女ほど情熱的な人は稀よ?何しろ私の暗殺を企むくらいだもの。でもその安直さ、私は嫌いではないわよ?」
愛されてるわね、卿は――。
うふふと微笑む王妃様は、少しどころか、かなり寂しげに見えた。
そんな彼女に身体の汚れを洗い落して貰っていた子供は、温かいお湯にそれまでの緊張感から解放されたのか、コクリコクリと、次第に船を漕ぎ始め、遂には湯船の中で眠り始めた。
因みに湯船はそんな事もあろうかと、事前に浅いもの使っていたらしく、子供が溺れるような惨事にはならなかった。
「ふぅ、流石に疲れるわね。これでは双子が生まれたらどうなってしまうのかしら?」
何気なく呟かれた言葉に、それはどう言う事ですかと声を掛けようとした時、その美しくも懐かしい女性の声が聞こえた様な気がした。
「お妃様、こちらにいらっしゃったのですね?大事なお身体なのですから、無理はなさらないで下さいませ!!
――まぁ、そちらの方がお妃様の【鷹】様ですの?私の夫と何処か似てますわ」
ハキハキとした口調に勿体ぶった言葉遣い。記憶の中にいた彼女と寸分違わぬ姿に安堵しつつも、私は自分が緊張している事に気付いた。その緊張に気付いているだろうに、私の主となった女性は。
「まぁ、アマンダったら、貴女自分の夫君の顔も忘れてしまったの?」
さも愉快なモノを見聞きしたような大げさな仕草で、驚きを表し、私の手から子供を奪い取り、夫婦は目障りだから出て行けと私と侍女姿のアマンダをバスルームから追い出した。
そんな解り難い主の優しさが、私は嬉しかった。
だから私は主の想いに応える為に、久しぶりに顔を合わせた妻を抱き寄せたのだった。




