∮-2、 ベネディールの王女
※ここから暫く過去の話になります。
――ヴェント歴1114年、種の月初旬
広く、煌びやかな間に響く一つの声。
「どうしてですか、お母様、いえ、女王陛下!!」
べネディール王国はハインセルンブルク王朝の第五王女として生まれ13年。
生まれながらにして国内の貴族に降嫁をすることを前提に育てられてきた私には、今回の件はあまりにも信じられず、また、寝耳に水だった。
長年友好関係を結んでいた国ならいざ知らず、どうしてわざわざ彼の国と今更婚姻関係など結ぶ必要があるのだろうか。
彼の国、――それは憎きシェルランド国。
彼の国は、数代前の恐れ多くも女王陛下を凌辱した上、躊躇いもなく惨殺し、またその女王の唯一の後継でもあったマルベルク王女をも歯牙にかけた。
それでも王女は毅然とした態度で、敵を見事に剣の露と化し、その後見事にこの国を立て直した王女は、後世に無事に王国を引き渡した。
今でも国民の大半は、彼の国を憎んでいると言うのに。
そんな私の心境を察せられたのだろう母上様は苦々しい微笑みを浮かべた。
その笑みは、いつもの女王としてではなく、一人の母親としてのモノだった。
だから私は油断してしまった。
「マリア、貴女はそれでも誇り高きマルベルク陛下の唯一の直系ですか!!」
為政者としての母は、一切の甘さを許さない。
「良いですか、今回の婚礼は貴女でしか成し得ないのです。貴女はマルベルク陛下に生き写しです。そんな貴女が彼の国に嫁す意味を考えてみなさい。――我々は単なる同盟の為に、貴女を彼の国にくれてやるつもりはありません。」
国の統治者としての顔をした母の言葉に、王女でしかない私は逆らえなかった。
それに、自分は国の平和と繁栄の為に、駒として生まれた王女。
「許すのではありません、今こそ彼奴等に復讐するのです。リュシータ陛下の無念と屈辱を晴らす時が来たのです。――マリア・ベルトレリア、彼の国の王に王妃として嫁ぎなさい。これは我が国と彼の国をの命運を掛けた戦なのです。」
謁見の間に朗々と響く女王陛下の声に、私は自然に頭を垂れ、その命を受け入れていた。
もし、この時、この件を断っていたのなら、私は母の悲しみに歪む顔を見なくて済んでいただろう。
もし、この件を断っていたのなら、私は胸が切り裂かれる様な痛みを覚えなくても済んだだろう。
もし、もし・・・。
私は自分の命運さえ知らず、女王陛下に跪いていた。
「――全ては仰せのままに、アーシュレイ女王陛下」
こうして私は、彼の国に嫁ぐ事となった。