表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/97

∮-18、 秘書官

 ――側妃選考会。

 

 それは国の大きさを問わず、どんな国であっても確実に次代を担うべき国王(王直系の継子)を得る為に開かれる物で、実際私の生まれ故郷でもあるべネディールの王室では、女王が代替わりする度に女王の王配選考会が大々的に開かれている。だが、今の問題はシェルランドだ。


 今、この国は正に次代を担う世継問題の渦中にあり、決して避けては通れない問題の一つとして常に定義されている。


 現在、この国の王に仕えている妃は、実質的には王の正当なる妃である王妃の私と、妃の位も得ていないハドソン家の令嬢だけで、あとは全て下働きの下女や、侍女、そして女官達だけだ。


 このままでは権力の均衡が崩れてしまう可能性がある上に、国の腐敗が進む可能性もあるというのは私にとっては建前であって、本当の目的は他にある。


 本来側妃や王配と言うのは、一つの家に権力が集中しない様にする対策と、王家に子供を通して忠誠を誓わせ、謀反を起こさせない様に主に怪しい家から側妃(あるいは情夫)という形で人質を取り、その中から王の伴侶として相応しいか否かを見極めた上で、王の第一位の伴侶が任命する立派な公人であって、そこには王の個人的感情の介入や寵姫であるあの娘の気持ちも無視される。


 

 あぁ、なんて愉しいの。



 今ほど自分が王妃であった事を感謝した事はない。

 歪んでしまった感情が私を昂揚させる。


 ニタリ、と、紅を塗った唇の端が吊り上がった時、今回の計画を円滑に運ぶ為に朝早くから呼び出していた人物がコホンっと、実にワザとらしく咳払いをした。


 そして。 


「王妃陛下、貴女は一体何をお考えになられているのです。あの方に側妃を迎えるのだという世迷言を」


 ――第一、我らが王には既にルネーシア嬢がいらっしゃいます。



 歌姫も裸足で逃げるのではないかと思われるほどの麗しくも美しい声音が、その人物からもたらされる。だが、その美しい声が紡いだ内容が私の癇に触る。


「世迷言ですって?これは立派な政策でしてよ?それなのに陛下の筆頭秘書官たる貴方がそんな考えではどうします」


 たった一人の女に執着して国を傾けた賢王は多いと聞いている。それでもなくても私はあの女は許せないのに、今以上にあの女の好き勝手にはさせないし、私にはその権利があるはずだ。その為にはなんとしてでも目の前にいる青年をこちら側に引き入れたい。


 何度か呼吸を繰り返し、落ち着いて話すように心掛ける。


「私は何もハドソン嬢が妬ましくて側妃をと、言っているのではありません。私は私なりにこの国の行く末と未来を思えばこそ、心を鬼にして提案しているのです」


 表面上は淡々と、しかし心内ではあの日以来、消える事無く激しく燃え盛り、燻ぶっている仄暗く、どす黒い焔を心の奥底に宿らせて復讐の機会を狙っている。


 私は母国くにに帰ることも許されず、父を父とも呼べず、生まれた日から決まっていた婚約者とも死神によって引き離されたのに、どうしてあの女は清楚可憐だというだけで、私の全てを奪って行くの?そんな権利は誰にもないのに。


 そんな事はさせやしないし、赦さないし、赦されない。

 私は幸いにも飾りとはいえこの国の王妃。使える権力や権利を尽くしてでも私はあの女に何らかの形で報復を成し遂げてみせる。その前段階としての今回の側妃選考会。


「何も何百人も後宮に入れるだなんてだいそれた事は考えてません。ほんの数人、そうですわね、何か後ろめたい事をしでかしている貴族の娘を後宮に入れるだけで良いですわ。」


 要するに人質を取るのだと暗に仄めかせば、王の筆頭秘書官である麗しい青年、リヒターは、深ーく重い溜息を吐き、すっかり冷め切ってしまった、二ーナ以外の侍女が淹れたお茶をコクリと飲みかけた所で、それを電光石火の速さで吐き出した。


 若干、顔色が青ざめているのは気のせいだろうか?


 ポンヤリ、ふわふわとした心地で彼を眺めていた私は、彼が私の飲んでいたお茶のカップを叩き払い落したことで、ふっと我に返った。



 私は一体、今何を考えていた?



 そんな私に構わず、麗しい青年秘書官は、毛足が長く真っ白だった絨毯に赤茶けて染み込んでいく液体を前に何か考え込んでいた。そして彼の中で何かが繋がったのか、私に真剣な声音で問い掛けてきた。


「恐れながら、王妃陛下。王妃陛下はいつからこのお茶を御愛飲なされていたのですか?」


「そのお茶がどうかして?リヒター殿」


「惚けずにどうか素直に仰って下さい。ことは最悪な場合、王妃陛下のお命にも関る問題なのですよ?」


 その激しい怒りにも似た正義感溢れる追及に、私は不謹慎だと自覚しつつ、瞳を奪われた。それは後になって振り返ってみれば、婚約者以外に感じた初めての淡い恋心だった。

 

 この4年間、ずっと二ーナたち以外の人達から向けられる事のなかった関心。

 それが自分に向けられた時、私は抗い難い感情を手に入れたのだった。






 陛下、私は確かに貴方を愛しはしましたが、私が恋したのは、陛下の覚えも目出度い陛下の秘書官である男性ヒトだったのです。


 それを誰が咎められましょうか。何故ならその時の私の世界には、二ーナやアーランドを除けば、彼しかいなかったのですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ