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∮-17、 噂

 ――白百合の方は、貧民街にある孤児院に度々慰問されているらしい。


 その噂が私のもとへ流れ、辿り着いたのは、私が孤児院に慰問に訪れた4日後のことだった。

 そこで忘れてはならないのがシェルランドの後宮ここでの《白百合の方》と言うのが、当然ながらハドソン家のルネーシア嬢のことで、子供達と直に触れ合っていたりする『ベルナ』ではないコト。


「何でいつもあの方の手柄になってしまうのでしょうか。孤児院へ進んで訪問されるのも寄付されるのも、お妃様ですのに。」


 ニーナはそれが我慢ならい程に嫌であり、不服であるらしく、その噂が城内と言わず、王都中の街の隅々に噂が広まる頃には、傍目にも判るほど、今すぐにでもこの国の王へ殴り込みに行きそうな気概を見せた。


 私はそんな彼女を見ているだけで、噂に対する感情をあまり自分の心内を荒波立たせることはなかった。それに人と言う生き物は、側に確かな真実を知るヒトがいるというだけで、それだけで救われる。きっと子供達だって、解ってくれているはず、と、私は何とも安直な考えを持っていた。


 でもその考えは直ちに子供達本人によって否定される事となった。


「いつもありがとうございます、《白百合の方》様。」


 直接お礼がしたいのだと、くだんの孤児院から代表として数人の子供達と司祭様が王に謁見を望んだと聞かされた時、私はいつになく心が浮き足立っていた。


 あの子達は、私が自分達の国の王妃だと知ったらどんな反応するだろう。そしてどんな顔をするのだろうか、と。


 子供達は、きっと噂を否定してくれるはずだと信じ、疑うこともしていなかった私は、結果的に現実の惨さを直接肌身で感じ取る羽目に陥り、酷く落ち込んだ。

 それだけでなく、子供達のあの純粋に煌めき、未来を夢見ている瞳が、王の腕の中に抱かれている女性に真摯に向けられている事で、私は心が凍えていく瞬間を身を以て知った。


「我が寵姫はそなた達に迷惑は掛けていなかったか?コレは意外と抜けていてな」


 王の優しくも威厳に満ちた慈愛を含んだ柔らかな声。

 その声に当然のように言葉を返すのは。


「まぁ、陛下。それでは私が慌て者だと思われてしまいますわ。」


「事実だろう?」


 人目を憚るなどと言う常識すら持たない二人を、その時ばかりは、ただただ憎くて憎くて、場所が場所でなければ、玉座の隣から睨みつけてしまいたかった。


「あの、国王様、」


「うん?何だ?」


 遠慮するなと子供達を優しく促す王に、子供達は一層瞳の輝きを増させ、王の言葉通り、遠慮などせずにルネーシア嬢に一つの贈り物を献上した。

 それは、私が子供達と一緒に染めた糸で作られた、まだ拙さが残る刺繍が施されたタペストリーで、完成したら私にくれると約束していたもので。


「まぁ、ありがとう。大切に飾らさせて頂きますわ。」


 なのに。



 ――ドウシテアナタガソレヲウケトルノ?



 その瞬間、心の底からと限らず、心の深淵からも湧き上がった感情の名は【憎悪】と【嫉妬】。


 それとまるで呼応しているかのように、私は扇の柄がギシギシと悲鳴を上げるまで強く握り締め、優雅に見えるように心掛け椅子から立ち上がった。


「妃?」


「王妃様?」


 それを訝しげな表情と、私のことを諌めるかのような意味あいを含めて呼んだ二人を無視して、私は子供達に対して無慈悲な言葉を吐き捨てた。


 

 アナタタチダケハ、ワカッテクレルトシンジテイタノニ・・・。



 荒れ狂う感情は私を無情にさせた。


 信じてくれると思っていた人達からの裏切り。

 向けられなかった信頼と愛情。

 恐怖に歪む顔と、潤む瞳。


「私は貧乏人と卑怯な人間、そして見る目がない者達とあなた達みたいな国の無駄ともいえる浮浪者が一番嫌いなの。あなた達の顔を見ているだけで吐き気が催してくるわ。」


「………っっ!!」


 私の苛烈で無慈悲な声音に驚愕で見開かれた瞳に、蒼褪めた表情。


 おそらくその時初めて子供達や付き添って来た司祭様は《ベルナ》の正体を正しく理解したのだろう。けれど私はもうその時既に、如何にこの場から一刻も早く逃げ出すことしか考えていなかった為、子供達の表情を気にかけている暇はなかった。


「貧乏人は貧乏人、無能な人間は無能な人間同士と戯れていれば良いわ。私はそんなことお断りですわ。」


 人を傷つける言葉は人を傷つけると同時に、その言葉を他者に対して使用した人の心をも傷つける。事実、子供達に吐き捨てた言葉は、私の心にも目に見えない大きな傷痕をクッキリと残した。


 モウ、キズツキタクナイ。

 ウラギラレルクライナラ、ウラギッテシマオウカ。


「妃・・・?」


 自分でも気付かない内に溢れ出した私の涙に、王はこちらに手を伸ばしてきたが、私はそれを乾いた音を立たせ、扇で払いのけた。


「私に触れないで!!私に触れていいのは、クレセント様だけよ!!」


 



 その日以来です。

 私の心が歪み、素直に人に愛と言う感情を注げなくなってしまったのは。

 陛下、陛下はそれでもそんな私を一時は気遣ってくれましたね。

 たとえ、それが戯れでも私は嬉しかったのです。



 でも、国の民が望んだ【真実】は、私にはあまりにも無慈悲でした。




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