∮-15、 蒼い鳥
あっさりとなんの余韻もなく終わった王妃即位式。それが済めば幾らなんでも飾りの王妃と言えど、それなりに外交上では忙しくなるだろうと予測されていた私の日常は、私が王女であった頃よりも時間的な余裕があり、素直に言ってしまえば、やることがなく退屈な毎日だった。
とはいえ、個人的に領地を持っている身なので、今まで提出された情報を整理してみたり、偽りがないか精査しなければならないのだが、それは有能な官吏がいればほんの些細な苦労で事足りるので、私が実際に領地に行くような事は実際にはあまりないのだ。
有能なる君主は、如何に下の者を己の思うがままに動かせるかで決まる。そこにあるのは無二の信頼関係然り、主従関係然りであり、忠誠が損なわれた時には主自ら、その家臣を粛正するのが古来よりのべネディールでの伝統であり、裁き方。
故に、私は幼い頃から多少の流血には馴らされている。とは言え、無闇に命を狩る様な無慈悲で野蛮な真似はしていない。
あくまで、私が今までの生涯で、狩り、散らしてきた命は、私の命を狙ってきた他国の間者や、私をこの世から亡き者にしようと企んでいた《保守派》と言われる派閥の末端貴族に雇われた暗殺者だけだ。それ以外の人々には此方から仕掛ける様な事はしていない。
よって。
「なんて愚かな事を・・・。」
蒼い身体を持つ小さな小鳥が無残な形で私の部屋の前に放置されているのを見れば、当然の様に心が痛み、また、可哀想だとも思う。
手袋が汚れる事も躊躇わず、心なき者達の手によって命を奪われてしまった小鳥を拾いあげれば、そこへ丁度、幾人かの側近を引き連れた陛下が通りかかり、何を思ったのかピタリと歩を止めた。そして、二言三言側近に告げたかと思いきや、身体の向きを変え、小鳥を拾いあげた私の手を予告なく捻り上げた。
「っつ、」
当然、その行為で折角拾いあげた哀れな小鳥がボトリと落下する。それを哀しく見守りながら、痛みに耐えていれば、一陣の風が私の横に舞い降りた。
「手を離せ。無能な王が俺の主に触るんじゃねぇ。」
ピキり、と固まる空気。
仮にも一国の王たる人間に鈍く煌めくナイフを突き付けた青年は、私が命じれば躊躇いもなくその任を遂行するだろう。
しかし、そうはさせまいと神が思ったのか、どうか。
「遅すぎますわ!!アーランド!!マリー様に何かあったらどう責任を取るつもりです」
「うるっせぇな!!俺が貰ってやるよ!!」
二ーナの五月蠅い位の非難じみた声音に、一瞬にしてその場の緊張感は融解した。
その隙に私は落してしまった小鳥を拾いあげ、逃げる様に自分の部屋の扉を開けた。そして部屋に滑り込む直前に王のその言葉は聞こえた。
「気に喰わない事で、いちいち命を粗末にするな、妃よ。お前はこの国の王妃だ。」
その事を忘れるなよ、と言う言葉は、聞こえなかったフリをした。
陛下、私はあの時、確かに小鳥の命の事を儚んでおりました。
ですが、それを貴方様は気付いては下さりませんでした。
私はそれが悲しくてなりませんでした。