∮-13、 対面
ルネーシア、登場
虚像の王妃とは良く言う。さしずめこの王妃の冠はそれを視覚的に象徴する物だろう。
模造品の宝石で飾られたそれは、私を不要なのだと無機質に伝えている。だからとて、自分の責務を放り出す事には繋がらないのだけど。
大方、この国の貴族達は私が邪魔で仕方がないのだ。そうでもなければ、忌々しいのか、無関心のどちらかなのだろう。此処まで嫌われているとなれば、むしろ清々しく感じてしまえる私はきっと病んでいるに違いない。
現に今も、その滑らかで白い頬を薔薇色に染め、王にリードされて踊っている女性を見ても、何とも思わない。果たして彼女は気付いているのだろうか。王であるその人の瞳が凍えている事に。
思い返せば初めて顔を合わせた時から、王の瞳は凍えたままだった。
きっとその事実にさえ気付かなければ、彼女は一生幸せでいられる。そのまま、無垢で、無知で、愛さえ望まなければ、きっと。
そこで、今まで奏でられていた曲が終わり、今まで踊っていた人達がパートナーを変え、またすぐにでも踊り出す。私は最初の一曲目は、あっさりとこのパーティーに潜入してきたアーランドに手を取られたので仕方無しに踊り、二曲目、三曲目と適当に踊り、後は壁の花となっていた。
幾ら王妃即位式だ、主役は王妃だと言っても、誰もそうとは認めない。唯一私を庇護してくれたのは、べネディールの特使としてやってきた人達だけだった。
「お顔の色が優れておりませんが、何処かお身体の具合でも?」
「――いいえ、平気ですわ。ヘイリオ卿。私の事より、陛下の事を案じて差し上げて。陛下は卿がいなければ倒れられてしまうのだから。」
その特使達の中でも、最も麗しく、線の細い壮年の男性の気遣わしげな声音に、私は一瞬声が出なかった。それでも何とか言葉を捻り出したのは、王族としての矜持ゆえだった。
5年前まではその男性から無償の愛を貰い受けていたのに、他国に王妃として嫁いでしまったが故に、私の出自から彼の名前は消されてしまった。本当は父と呼びたかった。誰の目も憚る事無く、一緒に居たかった。
なのに。
「マリー「ヘイリオ卿、陛下の事、確かに頼みましたよ」
現実はそれを許さない。
例え、実の父娘だろうとも、女王の情夫である彼では、他国の王妃である私の父にはなれない。
そっと握られていた手を取り返せば、その人は悲しげに瞳を伏せた。それを見るのが嫌で、私は何かないかと探し、結果、自分の耳元で揺れている耳飾りを外し、彼に託した。
その耳飾りはこの国に嫁いできた翌年に二ーナを通して買い入れた物。一国の王妃が身につけるにしては非常に安価なモノだったが、仕事が丁寧で私は良くコレを愛用していた。
「これを私だと思って大切にして下さいと、父に渡して下さい。《貴方の娘はここで貴方の娘と言う誇りを持ち、頑張って生きています》と。」
父の碧い瞳を真正面から見据えてから一歩後ずさり、略式の礼をした所で、私は誰かに腰を攫われ、瞬きの後、目の前には王の寵愛を一身に受けているルネーシアがそこには居た。
ということは、だ。
「陛下、私に何かご用でもおありになるのですか」
見上げれば、私の腰を攫った犯人の鋭い瞳が、私を見下ろしていた。そこには珍しく、彼の感情が宿っていた。
それに気付いた私は、幾度か彼と彼の寵姫を見比べ、やがて納得した。
私の導き出した答えが合っているかどうかは判らないけれど、それでも私は彼の正妃としてルネーシアをじっくりと、肉食動物が草食動物を嬲るかの様に検分した後、もうすっかり板についてしまった揶揄交じりの冷笑を浮かべた。
そして――
「精々その貧相な身体で陛下をお慰めすると良いわ。――陛下?戯れも程々になさって下さいね?もし万が一にでもそこの小娘が身籠ってしまった際には、」
この時から私は、血も涙もない王妃になっていたのだろう。
だから、あんなにも酷い言葉が口から飛び出したのだ。
「シアが身籠ったらどうするというのだ、正妃よ」
王の催促に私は凄絶な笑みを浮かべ、言い放った。
「例え生まれたのが女児であろうと、男児であろうと、生まれ落ちた瞬間に、この世から消えて頂きますわ。」
憶えてらっしゃいますか、陛下。
私はあの時から、人であることを辞めたのかもしれません。
それでも私は貴方の傍に居たかったのです。
でも、私がその私の想いに気付くのは、コレよりまだ少し先の事です・・・。