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∮-12、 ★即位の朝

ヴィルヘム視点

 ――鮮血王・ヴィルヘム――


 それが今日、俺が正式に迎える事になった正妃となる妃が俺につけた渾名だった。

 思い起こせばこの4年の歳月、俺と妃たる少女は常に互いを誹るか忌避するかのどちらかで、そうでもなければ妃自らが寄進した領地を還せだの、母国の祭典でもある立太子式典に参加させろだのと、何かと政治に首と口を挟んでくるかのどちらかだった。


 前者ならば不快だがまだ納得は出来るが、後者に至っては些か不愉快でしかなく、納得がいかない。だが、あの少女は生まれながらの王族であり、とんでもない策略家でもあった。


 なんと少女は今日の王妃即位の記念にと、嘗て己が寄進した領地の下賜を願い、生涯その領地については不可侵条約を結ばせ、これ以降は自分の領地に手を出すなと、多くの家臣がいる前で誰ともなく釘を刺した。その際、妃の横に黙って控えていたのは、城中ではあまり見かけたことが無い片目の騎士と、妃と同年代の侍女が一人で、王妃となる彼女にしては傍に侍る人数が少ない様な気がしたが、彼女はそれを嗤った。


『他の侍女達は今日・・も、みな、体調不良とのことですわ。こんな脆弱で薄弱な侍女や女官しかいないなどとは、今後のこの国の先行きが不安で仕方がありませんわ。』


 彼女が口にする言葉は常にこの国に対する痛烈な批判のみで、愛情の一欠けらも持ち合わせてはいない。それでも妃の傍には常にその二人はいた。

 特に侍女の二ーナは、再三《白百合》の侍女や女官、白百合本人からも乞われているにも関わらず、仕える主を頑として替えようとはしない。


 騎士に至っては、色鮮やかな青い近衛兵の制服をきっちりと着こなし、帯剣が赦されているサーベルを見れば、この国に二つとないほど可憐でありながら、何処となく雄々しさを感じさせるモノがある。特に鞘や持ち手に巻かれている鮮やかな飾り紐は見事であり、如実に作り手の性格を表していた。


 恐らくあの紐を作り上げた作り手は、繊細でいながら、対人面に関しては不器用なのだろう。それらが伝わってくる飾り紐は総じて紐の保持者の安全を願うモノだ。口では言えないから、形で願う。


 見事な飾り紐だな、と俺が言葉をかければ、その騎士は俺に目礼だけを返し、言葉を発さなかった。


 それを見ていた家臣が、「主が主ならば、駒も駒か」と、あからさまに妃を嘲笑した時には、その家臣の首には既にその騎士のサーベルの刃先が突き付けられていた。それでもその家臣は妃を貶める事を辞めようとはしなかった。


 それを見て失笑を漏らしたのは、妃たる少女だった。妃は己が騎士に剣を収める様に命じてから、恐怖から蒼褪め震える家臣に殺す価値もない、と言い捨て、その時に問答を繰り返していた俺の執務室から颯爽と出て行き、後宮に与えられた私室へと帰って行った。


 どう考えても、ハドソン嬢とは似ても似つかない。

 ハドソン嬢は常に慎ましく、淑やかで、前に出過ぎない。なのに対し、妃は苛烈で傲慢、慈悲の欠片すら持ち合せてはいない。何が面白くないのか、浮かべる表情やこちらに向ける表情は冷笑か、嘲笑、無表情の何れかだ。


 煩わしい髪を掻き揚げ、しどけなく隣で眠っている女を見下ろせば、疲れがドっと、泉のように湧き上がってくる。

 

 ――やはり若い娘は疲れるな・・・。


 抱いている時に聞こえる嬌声や行為の最中の仕草は愛らしいが、弱冠煩わしいモノもあるのも確かだ。こんな時は総じて妃の顔が浮かぶ。


 妃と俺は夜を共に過ごした事はあるが、その時は全て妃が妃の客間の長椅子で夜を明け、俺が妃の部屋の寝室で夜を明かす事が最早暗黙の了解となりつつある。

 

 一度、眠っている筈の妃の様子を窺う為、足音を消し、気配をなるべく消し、客間の扉をそっと開けてみた時があった。すると、そこにはガウンをしっかりと身に付け、何十枚もの書類に向かい、羽ペンを走らせている妃がいた。

 その妃は俺の視線に気がつくなり、しんなりと形の整えられている眉を寄せ、何も言わずに一杯の茶を俺に渡し、寝室へと追い返した。


 その茶の中に精神を和らげる薬草が入っている事を俺が知るのは、随分後の事となる。



***


 妃の即位式典は、歴代の正妃即位式典の中で最も品位の無いモノとなった。

 参列を促した貴族の殆んどが参列せず、他国の使者はそんな妃を見離し、俺の寵愛を一身に受けていると言われているハドソン嬢、こと、ルネーシアに積極的に自分を売り込んでいた。


 ルネーシアはルネーシアでそれを正妃に悪いからと遠慮しつつ、その態度がまた良いと多くの人々から褒めそやされていた。そんな中でも正妃となる妃である少女は、毅然とした態度で、大司教の言祝ぎに頭を垂れ、流暢なシェルランド語を操り、宣誓の言葉を述べていた。


 それが済めば後は正妃の証たる、代々王家に伝わるティアラを戴冠するだけだった。それを何の感慨もなくこなした俺は、まさかそのティアラが模造品であることなど、知る由もなかった。



 


 マリア、お前はあの時、どんな思いをしていたんだ?

 マリア、お前は何故何も言わなかった。

 知っていれば、知らせてくれれば、俺はお前をあんなにも傷付ける事はしなかっただろうに。

 



 後悔をした時、それに気付いた時、謝りたい存在はもう近くには無い・・・。 

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