∮-10、 鮮血王ヴィルヘム
目覚めは突然だった。
昨夜は眠るつもりはなかったのに、身体を揺すられている感覚に瞼を開いてみれば、そこには微かな不安な表情を湛えた二ーナが私を見下ろしていた。
その二ーナは、私が彼女をハッキリ認識していることを理解するなり、大粒の涙を流し、私が生きている事を大袈裟なほど喜んだ。そのあまりにも大袈裟な喜びように疑問を抱いたが、その疑問は直に解決されることとなった。
「無事だったか、我が妃は」
「はい、たった今お目覚めになられました。」
この国に嫁いできてまだ数日。
昨日は何の戯れか私の唇を奪い、痕を残した男は、一体何のつもりなのか、血まみれの恰好で私の部屋に入ってきた所で、左手に持っていたモノを此方の方へと投げて寄こした。
それを受け止めるべくして、急いで身体を起こした私が目にしたモノは。
「――――っっ、」
「なんだ、気に入らなかったのか?妃であるお前を愚かにも手にかけようとした逆賊の女の頸は。」
頸。
そう、それは確かに頸だった。
けれどその頸は私の見間違いでなければ、確か目の前にいる男の寵姫であったはずの女性のモノで、昨夜までは男の腕の中で艶然と微笑んでいたはずなのに、何故彼女はこの様な事になっているのだろうか。
驚きと困惑、されどそれ以上に湧きあがる想いは、恐怖。
「あぁ、その瞳はいいな。女はやはり無力で従順な方が良い。コレは(・・・)欲をかき過ぎた。」
だから殺したのだと、私の夫たる男はつまらなげな眼で、私に投げた嘗て寵愛していた女の生首を見やり、寝台の端に座った。
「妃が無事だという事は、コレが放った暗殺者は妃の部屋には侵入して来なかったという訳だな。」
――本当に妃は運が良い。
愉快気に歪んだ唇と、策略の色を滲ませた眼差しと笑み。
そんな表情で断言されては、事の真相を話せそうにもなかった。だから私は意図的に恍けてみた。
「実を言いますと、私、昨夜の記憶が少し曖昧でして、自分がいつ寝台に入ったのかも記憶がないのです。」
嘘をつくときは本当の事を混ぜると真実味が増すと聞いた事があったので、私はいつ自分がベッドに(再び)入ったか、解らないのだと婉曲して伝えた。
それを私の近くでずっと控えていた二ーナは。
「お妃様は、窓辺の床に真っ青にお成りになられ、倒れられていました。きっと、お妃様は真夜中に喉が渇き、飲み水をお求めになったあとに、月を見ようとしたところで貧血でお倒れになったものと思われます。」
「そう、そうだったかも知れないわね。」
二ーナのあり得そうな話に頷きつつも、私はもう二度と己の男に愛しいと囀る事の出来ない女の生首を見て、これからの言動を慎重にしなければならないと心に固く誓っていた。
けれど、その誓いは虚しく、私の運命の歯車はそれとは正反対に回る事となってゆく。