∮-0、 処刑当日
――ヴェント歴1129年、とある良く晴れた雲一つもない日
この日を、どんなに待ち詫びていた事だろう。
目の前にはこれから私の命を絶つ断頭台と、怒りに満ちた民の軍勢、そして忌々しげに罪人である私の顔を見て、表情を歪める貴族達。
この機会を逃せば、私の計画は全て破綻してしまう。
だから、最後の、本当の最後の瞬間まで、私は決して気は引けない。
スルスルと縄を引く事によって、ギラリと鈍く光る断頭台の刃が上に上がり、それと同時に、民から『王妃』である私への罵声が酷くなる。
殺せ、悪しき王妃、べネディールの毒婦を殺せ、と、その場に響き渡る。
そう。それでいい。
これで良いのだ。
こうでなければ、この国は完全に腐り落ち、愚かな貴族共に乗っ取られてしまう。
「何か言い残す事はあるか。」
静に死への覚悟を高めていた私は、その言葉に、思わずピクリと僅かに揺らしてまった。
言い残したい事は無いが、伝えたかった事はあった。けれど、その伝えたい人はここにはいない。今頃は愛しい人と愛を語らっている事だろう。
でも、それも私が自分自身で全て仕組んだ事。今更それを後悔しても、悔やんでも仕方のない事。だから。
風に煽られバサバサと靡く、艶も色もなくなった長い髪に視界を遮られながらも、私は恨まれた『王妃』として言葉を発した。
本心では、どうかこの先、この国に多くの祝福がありますように、と、想いながら。
「私は何も悪くは無いわ。お金が無いのはあなた達が無能だったからよ。これだから下賤で野蛮な国は嫌いなのよ」
言い終えたその瞬間、私の首は断頭台の台に置かれ、鈍く煌めく刃を吊り上げている縄からは、役人の手が今正に離される所だった。
私は覚悟を決め、瞳を閉じ、微かに微笑した。そして、断頭台の刃は真直ぐと私の細い首を目掛け、真直ぐと降ろされた。