プレジャーウェイ
第五回『みたらし団子』
大遅刻申し訳ございません
「それじゃ、よろしく」
「兄さん、僕に面倒臭いこと押しつけてない?」
「じゃあ、この荷物全部運んでくれる?」
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
面倒臭い、ということはまったくない。むしろ、やる気はある。ただ……なんというかとても気まずい。
父さんの友人、なんでも兄弟同然の親友の娘さんがホームステイすることになった。そうホームステイらしい。ハーフで、母親の実家があるイギリス暮らし。いつかこっちで暮らす時のためのホームステイ。
今日やってくるとのことだけど、先に届いた荷物すらまだ運び終わってない。だから、僕は町を案内して回らないといけない、と兄さんに言われた。こういう仕事は兄さんのほうが向いているのに、同年代という理由だけで僕に押しつける神経が理解できない。
もう一度言うけど、面倒だとか嫌だとかじゃなくて、単に気まずい。
同年代の女の子と何を話せばいいんだろう。そもそも日本語を喋れるかどうかも聞かされてないし。しかも、これからしばらくは、同じ屋根の下で暮らさなきゃいけないとなると複雑な気分だ。
うだうだと悩んでいるうちに駅に着いてしまう。件の少女は探すまでもなく、すぐに見つかった。
紺碧の瞳。白磁の艶やかな肌。緩やかなウェーブを持って流れ落ちるブロンドの髪は、日の光を浴びて輝いている。有り体に言ってしまえば、彼女は可愛かった。流石ハーフ。
完全に不意打ちだった為、しばらく惚けそうになる。努めて無表情を取り繕い、歩み寄った。
「えっと……羽瀬川灯さん?」
「…………」
「あれ……あの、音無です」
「…………」
もしかして人違いなのか。……それはちょっとマズいんじゃないか?
思考がグルグル渦巻いてパニックになる寸前。
「貴方が……静さんですか?」
「え……あ、いや、僕は弟の奏です」
「奏さん。なるほど奏くんですね」
「うん……よろしく」
何で今言い直した?
「よろしくお願いします。奏くん」
「えっと、じゃあ、早速行こうか」
町を連れて回るってどこに行けと言うんだ兄さん。とりあえず遠回りして家を目指せばいいか。
周囲の視線も気になり、足早に立ち去ろうとするが、羽瀬川さんはゆっくりと歩くのでなかなか視線から抜け出せなかった。
ようやく粘つく視線の残滓を振り払うように足を進める。しっかし、気まずい。こう言うとき都合のいい存在が通り過ぎてくれれば、
「あ、猫ちゃん」
そうそう猫ちゃんが…………ん?
振り向いたら駆け出す羽瀬川さんの姿があった。
「って、ちょっと待とうか!?」
さっきまでの歩みはどこへ行ったのか、かなりの速さで追いかけていく。着いてくのが精一杯で肺が痛い。僕は基本的に運動は苦手なんだ。というか、どうしてこうなった。野良猫か。野良猫のせいか。通り過ぎるなよこんな時に。
しばらく走り続けてもいっこうに止まる気配がなく、僕は悲鳴を上げる。
「羽瀬川さん……ちょっと、待って……!」
「あ…………」
ようやく止まってくれた羽瀬川さんの表情はシュンと萎んでいた。
「ごめんなさい……かわいい猫ちゃんがいたから……」
「いや、いいんだけど……うん」
別に怒るつもりはない。かなりびっくりしたけど。
「あの……奏くん」
「なんですか?」
心臓が口から飛び出る錯覚。平静を取り繕えたのは奇跡に近い。
「あの、できれば名前で呼んでもらえますか?」
「え……あ、じゃあ、あ、かりさん」
「…………」
なんでそんな釈然としない目で僕を見つめるんだろう。
「……灯」
「はい」
ふんわりと笑みが咲くので、視線をずらす。
「……うん、少しどこかで休憩しようか」
といっても近くにカフェなんてないし、あったとしても入るお金なんてない。……コンビニでいいかな。
コンビニ店内は涼しく、火照った体に心地よかった。ブラブラ冷やかすのは失礼だから、適当に水でも買っていこう。
「これなんですか?」
差し出されたのはプラスティックのパック。
「みたらし団子だね」
「ミタラシダンゴ?」
きょとん、と傾げられる首。
「砂糖醤油、でいいのかな。甘いタレをかけた団子だよ」
「…………」
「食べたいの?」
「…………」
こくん、と揺れる髪。
「じゃあ、買ってくるからちょっと待ってて」
レジへ向かおうとして、クイと袖を引かれる。
「ど、どうしたの?」
「私も行きます」
「ああ、うん。じゃ、行こうか」
レジへ向かい会計をする。袖を引かれたままでなんだか恥ずかしかった。
外へ出て公園を探す。どんどん目的地から遠ざかってる気がしないでもないけど、一旦諦めた。
ようやく見つけた公園のベンチに腰を下ろす。みたらし団子のパックを開き、灯に手渡した。すらりとした指が串をつまみ上げる。見とれそうだから空を見上げる。まだ明るい澄み切った空。なんだかとっても狭い空。
沈黙に耐えきれなくなって、横目で灯を見る。
「どうかな?」
別に僕が作ったわけでもないのに緊張した。
「おいしいです」
にっこりと微笑みを向けられて、顔が熱くなる。誤魔化す為に手を伸ばした。
「ベタベタじゃないか。ほら、じっとして」
「うむゅ!?」
驚いたように目が見開かれたが、特に抵抗もなく受けいれられる。僕はといえば、拭いているうちに徐々に恥ずかしくなってきた。もっと他に方法はなかったのか。
「これでよし」
誤魔化すように言葉を吐いた。
「ありがとうございます」
笑顔を直視できなくて俯く。それでも気になるから、横目で盗み見た。
「奏くん、あれ見てください」
今度は何を見つけたんだろう?
「どうしあむぐ!?」
もちっとした感触。独特の甘さの中に醤油の香りが広がった。ベタついているようで歯切れよく舌の上で小さくなっていく。
「どうですか?」
顔のすぐ近くで揺れるまつげ。ちょっと近くないですか?
「うん、おいしい、です、はい」
変な喋りかた。どうやら僕は動揺しているらしい。どうして? ああ、この子のせい?
「びっくりさせられた仕返しです」
これだけ可愛ければそりゃ動揺もするさ。なぜか言い訳っぽい内声。リフレインさせて僕に刷り込む。刷り込む必要はどこだろう?
「さて、そろそろ行こうか」
自分の問いから後ろ向きに遠ざかる。
「どこへですか?」
可愛らしく首を傾げられても困る。
「日が暮れる前に家に行かないと」
「……なるほど」
ぽん、と手を打って頷いた。
「じゃあ、行きましょう」
突然手を引かれ、わずかに、いや、かなり面食らう。
手を引かれるままに歩いて、町並みが変わり始めたところでようやく気づいた。
「……家の場所知ってたっけ」
「…………」
「…………」
「…………すいません」
「……いや、別に謝ることじゃないよ」
どうやら、彼女の手は僕が引かないといけないらしい。
「ただいま……あれ? お客さん?」
兄さんと髪の長い女の人が玄関先でなにやら話し込んでいた。
「あ、え、奏!? 早かったな!」
「なに驚いてんの。別に早くも遅くもないと思うけど」
露骨にキョドってますけど、どうかしました?
「君が灯さん? 俺は奏の兄、静です。こっちはクラスメイトの更級さん」
灯はしばらく不思議そうに兄さんを見つめて、
「お二人はお付き合いをなさっているんですか?」
ぽつりと一言、爆弾を投下した。
「え、いや、俺たちはまだそんなんじゃ」「と、ととととんでもないです!?」
あんまり二人が狼狽するから可哀想になってくる。
「灯、行こうか」
不思議そうな顔をしてる灯。遅れてやってくる満面の笑み。
「はい」
ようやく理解する。
僕はこの無防備な表情に、。家に入る時に繋ぎっぱなしの手に気づいて、頬が熱くなる。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
唐突にそんなことをいうから、凄く心臓に悪い。
「なんかタイミング間違ってない!?」
「そうなんですか?」
きょとんとした顔になんだか色々脱力してしまう。
とりあえず、しばらくは忙しそうだ。
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