スカイウォーク
第四回『プリン』
ぷるん、と皿の上でプリンが揺れた。
なんだかもったいなくて、しばらくスプーンでつついていた。
***
私が彼に知り合ったのは、夏も過ぎた十月の頃。出会ったのは随分前のことなんだけど、知り合ったとするならやっぱり十月のこと。
最初、彼が誰だか解らなかった。だって、あまりにも普段の彼とは違っていたから。
まあ、それは彼も同じだろうけど。
客席が二つあるだけの小さなケーキ屋さん。
散歩がてらに見つけ、生来の甘味好きである私は、一も二もなく飛び込んだ。
ショーケースの中には色とりどりのケーキが並んでいて、目移りしてしまいそうになる。でも、私はケーキよりも店員の顔をマジマジと見つめてしまう。
「どうかしましたか?」
見覚えがあるなんて、曖昧な感覚じゃないからこそ沸き上がる、曖昧な、不協和音。
彼が誰かなんて、疑問を挟む余地がないのに、ぬかるんだ泥の上を歩くような感覚。
「もしかして、佐山くん?」
「え?」
「二組の佐山健太くん?」
「……え、あぁ、うん」
瞬間、足が軽くなる。まるで風船みたいに浮かび上がってしまいそう。
「私だよ? 解らないの?」
「は、え……」
困惑する彼の顔がおもしろくて、ちょっとからかってみたくなった。
「ひどいなぁ、ホントに解らないの?」
「ワリぃ、マジで解んね……」
本当のこと伝えたら、彼は驚くかな? 驚くだろうな。
「倉森千夏。クラスメイトなんですけど」
「あ……え、倉森!?」
あんまり予想通りの反応過ぎて、声を出して笑いそうになる。
「なんつーか、いつもはもっと、その――」
「根暗?」
しどろもどろになる彼が、妙におもしろい。
「どう? びっくりした?」
「すっげぇ、びっくりした」
いつもは下ろしてる髪をアップにして、眼鏡の代わりにコンタクト。
自分で言うのもなんだけど、ハッキリ言って別人。
彼はどんな言葉を投げてくるかな?
「と、ところで、ご注文は?」
あ、なんか話を逸らされた。
「オススメはなに?」
「うちのはどれでもオススメだ」
「……営業する気あるの?」
「……じゃ、じゃあ、いいのがある」
そそくさとひっこむ彼の背中に、クスクスと見送った。たぶん聞こえているだろうけど、気にしない。
「おまちどうさま」
「これ、プリン?」
「そう、プリン」
なんとなく拍子抜け。もっと凄いものが出てくるかと思った。
「いいから、食べてみろ」
彼にうながされるままに椅子に腰かける。
「じゃあ、いただきます」
スプーンでつつくと一瞬、震え、すんなりと食い込む。なんだか注射みたい。
「あ、おいし」
なんだか新しい味。
甘すぎなくてすっきりとした後味。
「隠し味に紅茶の茶葉をつかったんだ」
「なるほど」
「既存の紅茶プリンみたいにならないようにするのが大変だった……」
「え、もしかして、これ佐山くんがつくったの?」
「ああ、うん」
少し照れたように、笑う。
「一応、な」
心なしか、声が弾んだ。
「うん、おいしいよ」
「そうか?」
カッコつけてるのに、露骨に嬉しそうで、おもしろい。
「にしても佐山くんがケーキ屋とはねぇ……」
普段のイメージに合わない。はっきり言えば、似合わない。
「……言うな。自覚はあるんだ」
「バイト?」
「い、いや、その……」
ふわり、ゆらゆら。
こらこら、視線が泳いでますよ?
「……実はここ俺んちなんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「驚かないのか?」
「少しは」
なんだか気分がウキウキしてくる。
会計をしようとすると彼は断った。
そのかわりに、
「く、クラスの奴には黙っててくれよ?」
「ふーん」
特に言うつもりはなかったけど、言うなと言われたら言いたくなってきた。もしかして私っていじめっ子?
「じゃあ、私のことも黙っててね?」
交換条件。
返事はいらない。
「またね」
足がやけに軽かった。
しばらく、通おうかな。
なんとか間に合った……orz
四千くらい書いて、土壇場で急カーブしたことを何度後悔したか……