サニープレイス
第二回「キャンディ(飴/ドロップ)」
音無静が転校してきたのは五月の半ばのこと。
中途半端な時期ということもあり、多くの注目を集め、彼はあっという間にクラスの中心人物となった。
ふわふわとした猫っ毛や、どこか間の抜けた雰囲気。彼のそんな容姿や性格を考えれば必然だったのかもしれない。けれど、私にとって彼がどんな人物かと言えば、あくまでもクラスメイトでしかなく、特に気にも留めていなかった。
私はとても影が薄いらしい。授業では滅多に当てられないし、休み時間に誰かに話しかけられることもない。酷い時には教室にいるのに欠席扱いにされた。きっと、私なんていてもいなくても同じなんだろう。
だから、最初彼が私に声をかけてきた時もひどく驚いた。
放課後になるとすぐ、図書室へやって来る。
今日は、読みかけの『クラバート』を手に取り、いつもの席へ。
窓際の左から三番目。ひだまりの特等席。
私はいつもここで本を読んでいる。人もいないし、図書室は校舎から少し離れた別館にあるので、部活動に勤しむ生徒の声も殆ど聞こえないから静かだ。私も部活には一応所属しているけど、ほとんど廃部に近い映画研究部なので特にすることがない。
ページをめくり、文字を追う。
自分の中に世界を作り出すような感覚。
時間も忘れて、物語に集中していた。
「隣いいですか?」
すっと、意識が体に引き戻される。
横を見れば、男子生徒がぎこちない笑みを浮かべていた。
「って、あれ? 更科さん?」
「…………音無、君?」
彼がここにいること以上に、名前を呼ばれたことにひどく違和感を覚える。だから、思わずたずねてしまった。
「私のこと知ってるの?」
「え? 当たり前じゃん。更科周、おれのクラスメイトでしょ?」
私の戸惑いを知ってかしらずか、彼は柔らかな笑みを浮かべて言う。
「それよりちょっとの間でいいから、一緒にいさせてくれない?」
できれば私は一人になりたい。静かに本を読みたい。
「……なんで?」
「なんというか……教室だと落ち着かなくって」
クラスの中心にいる彼が?
「あんまり馴れてないんだよね、あーいうの」
「……そうじゃなくて、なんで私の隣?」
「え? あー、だって、ほらここ暖かそうじゃん?」
確かに暖かい。だから、私の特等席にしている。
でも、隣くらいならいいかな、と思った。
「……邪魔はしないでね」
彼は、りょーかい、と呟き隣に座る。
「あ、飴たべる? 最近はまってるんだ」
「……ここ飲食禁止」
「飴一個くらい、良いじゃん」
「でも――」
言いかけた口の中にふわりと懐かしい味が広がる。
「むぐっ!?」
びっくりしているのか恥ずかしいのかもよく解らなくて、怒ろうと思ったけど、
「ほら、これで共犯だよ」
なんて暢気なことを言うから、毒気を抜かれていく。
「……もう解ったから、邪魔しないで」
「りょーかい」
それから私は再び文字の世界に没頭した。静かに、そして緩やかに物語を私の中で加速させる。
やがて、下校を促す放送が鳴り始め、私は本を閉じた。
(今日も読み終わらなかった……)
私は集中こそしているが、あまり読むスピードは速くないのだ。席を立とうとすると、隣で誰かが寝ていた。
少し考えて、彼のことを思い出す。二時間ほど前の事なのに、遠い昔の様だ。
あんまり気持ち良さそうに寝ているのでしばらく迷ってから、彼の肩をゆすった。
「んん? おれ寝てた?」
寝ぼけ眼で彼は私を見つめる。
「おはよう、更科さん」
頭もまだ寝ぼけているらしい。
「更科さんの髪って長いね。伸ばしてるの?」
「……切るのが面倒だから」
「ふーん、綺麗な髪だね」
唐突にそんなことを言うから、私は返事に困ってしまう。
「……音無君、もう下校時間」
ようやく思いついた切り返し。
「え、マジで?」
彼は慌てて、ケータイを取り出して時刻を確認する。
「やっば、奏に怒られる!」
彼は立ち上がり、出口へ急ごうとして、振り返る。
「あ、そうだ」
そう呟いて、彼は私に笑顔をくれる。
「更科さん、メアド交換しようよ」
「え?」
「ほら、良い機会だし」
「ごめんなさい……今ケータイ持ってなくて」
「あ、そうなんだ」
彼は少し残念そうに笑い、
「また明日ね」
と言い残して去って行った。
「…………」
ケータイを持っていないというのは嘘。
使う頻度が少ないから鞄の奥にいれてあるだけ。
次の日も彼はやってきた。
その次も、その次も。彼はあれから毎日の様に図書室へやってくる。
私の隣に座って、本を読んだり、ケータイをいじったり、窓の外を眺めたり、たまに思い出した様に飴をくれたり。そうしているうちに寝てしまう。そんな彼を私は下校時間になる度に起こす。
最初こそ違和感を覚えたが、すぐに気にならなくなった。
特別言葉を交わすわけではない。
とても、静かな時間だった。
その日、私はいつもの様に一人教室で昼食を取っていた。
「ねぇねぇ、音無君、引っ越し準備してるんだって」
「え? それホント?」
「うん、なんか親の――」
クラスメイトの噂話が耳に飛び込んでくる。
(引っ越し……)
お弁当箱の中には、まだ半分以上もおかずがあるのに箸が進まない。
(……ついこの間転校したてきたばかりなのに?)
箸で里芋を転がしながら、ふと彼のくれた飴を思い出す。駄菓子屋とかで売っている昔ながらのドロップみたいな味。
(もしかして、また――)
それにしても、今日の煮物はやけに辛い。
その日の放課後、彼は図書室にやってこなかった。別に約束をしているわけでもないので、彼がここに来る必要はないのだけど……。
今日は何故か本に集中できない。気がつけば、隣を見ていた。ひだまりが妙に冷えている。
「……まさか本当にまた転校?」
胸の中に蝉が鳴きだすような違和感が生まれる。思わず立ち上がるけど、どうすることもできない。
ケータイの番号を知っているわけでもないし、住所も知らない。昔みたいに連絡網もないから調べようがない。
思えば、私は彼のことをよく知らない。知ろうとしなかった……いや、あえてしないようにしていたのかも。
「…………知りたい」
無意識に呟いた言葉。
この数年で私の名前をしっかりと呼んでくれた人は両親以外にいなかった。私を知っていてくれる人なんていなかった。
私は一人だった。
いてもいなくても同じだった。
でも、それは私が関わろうとしなかったから。
私自身が自分を主張せずに影を消していた。
「……知りたい!」
この感情はきっと自分が気付かないようにしていたもの。ようやく、当たり前の感覚に気付いた。
それから私は何を思ったか、手紙を書き始めた。便箋なんて常備しているはずもないから、ルーズリーフで作られた即席の手紙。
手紙が書き終わるとすぐに図書室を飛び出す。誰か適当な人に片っ端から彼の住所を訊くつもりだった。冷静になれば、馬鹿げているかもしれないけど、私は大真面目にやろうとしていた。運動もロクにできない癖に全力で廊下を走った。
予想通り、といえばそうなのだけど、私は正面衝突する。
「きゃっ!?」「はにゃ!?」
ドン、と鈍い音がして、二人とも倒れこむ。
「いたたた……こらー危ないでしょー!」
「す、すいません……」
「って、あれ? 更科さん?」
「え?」
なんでこの人は私の名前を知っているんだろう?
「あー! クラスメイトのこと忘れたのー!?」
「えっ?」
「もう、ひどいよー!」
頬を膨らませる女生徒は、見覚えがあるかもしれない。
「それにしても、そんなに急いでどうしたの? 更科さんらしくないよ?」
「え……」
「いつも本を読んでておとなしい感じなのにー」
「あ……」
……いてもいなくても同じだと思っていたのは私のほうだったのかもしれない。勝手に一人になったのは私だったのかもしれない。
「ぁ……ぁあ…………!!」
「え? え、どうして急に泣き出すの!?」
慌てふためく彼女に私はポツリポツリと語る。
混乱していて、ほとんど日本語になっていなかったであろう言葉を聞いて、彼女は笑った。
「例え一%しか成功しないとして、動かなければその一%も掴めないんだよ?」
彼女は向日葵の様な笑顔で言う。
「ほら! 走る走る!!」
「は、はいっ!!」
街に飛び出し、ひたすら走った。
どこをどう走ったなんて覚えていない。
走って、走って、走って――気がついたら、彼を見つけた。
彼は山積みになったダンボール箱を一つ一つ丁寧に運んでいた。
「あれ、更科さん?」
「…………音無……君」
息が切れているけど、精一杯言葉を絞りだす。
「引っ越すって聞いて……それで、私……」
「いや? 引っ越さないよ?」
「………………え?」
「あぁ、これ? 今日からうちにホームステイの子が来るんだ。なんか父さんの知り合いの子供とか、よく解らないんだけど。今頃、奏が迎えに行ってるんじゃないかな?」
「え……あ……」
つまり、全部私の早とちりだったと……。
「それでどうしたの? もしかして急用?」
「いや、あの……」
恥ずかしすぎて手紙なんて渡せない!
「ぁの……よかったらメアド交換しません?」
感想、誤植報告、批評などよろしくお願いしますm(__)m
さて、自分の感想ですが
・時間軸の曖昧さ
・行動動機が不明瞭
・設定、構成の練り不足
・ご都合主義
・女性視点が……
はい……女性視点無理でした……
結果、三人称っぽくなりましたw
女性視点かける方が本当にうらやましいww
まぁ、色々言いたいこと(いいわけしたいこと)はありますが、それは活動報告でやりますw(やるなよっ!
ところで、質問なのですが、
主人公の名前、読めたでしょうか?w