乙女ゲームのヒロインは悪役令嬢専属の料理人
五歳の時に「あ、ここ、乙女ゲームの世界かも?」なんて思ったのが始まりだった。
王都の平民区で母と二人、慎ましやかに生きていた私は、偶然にも母に連れられて通った道にあった質は悪いが一応は姿を映す鏡を見た。
そして、ふわふわと様々な記憶が流れ込んできてそれはもう困った。
まだまだ母親に甘えたい五歳児が持つべきものでは無い記憶のせいで熱は出たけれど、まあなんとか生き延びた。
幸いなのかどうかは分からないけれど、知識は流れ込んできたけれどそれが誰の物なのかとかはさっぱり分からなかった。
ただまあ、役割としてヒロインなるものになる予定なのがわかった私は。
「ぜったいおことわり」
と、大嫌いなピーマンを食べたような顔をしていたと思う。
ゲーム知識が何となく流れてきた私は、この先のことを知っている。母が病に倒れて亡くなり、実は父親だった男爵が迎えに来るということを。
絶対に嫌だ。お断りである。
実父は女好きで、王都に来た際に初心な母を騙して恋人になり、孕ませて捨てたのだ。そして貴族令嬢と結婚する。
悲しいことに、二人の間には子供が出来なかった。そんな時に思い出したのがヤリ捨てした母で、調べてみれば死にかけている。身寄りのない娘を引き取って利用することを思いついたのだ。
やってられるか。
神様ありがとう。 この世界、王都の自由民は他領へ移住できる。 農民だったら詰んでいたけれど、私たちは飲食店勤めの自由民だ。 母の腕なら雇ってくれる屋敷なんていくらでもある。
実は既に何度か貴族から引き抜きを受けているほどの腕前だった。両親を若くして亡くした母を雇い、未婚で子を産むことになっても雇ってくれた店に恩義を感じていた母は断っていたのだけれど。
そのお店が閉店を決めた。店主夫妻は高齢になっていて、王都から離れた領地に暮らす息子夫婦のところに行くことになったそうだ。
ゲームだと、母が店を続けさせて欲しい、とかそんな展開になっていたのだけれど、それは母の身を滅ぼすことになる。一人で切り盛りできるものではなく、過労からの病死コースだった。
なので、私は母に「貴族様のお家なら、あたしも住めるのかなぁ」なんて言ってみた。
大きなお屋敷ならば、住み込みの働き手として私も雇ってもらえるかもしれない。
そう、私はクズ親父に引き取られる未来を断ち切るため、母の腕を生かせる伯爵家以上へ仕える道を選ぼうと考えた。
母も色々考えた末、あちこちに伝手を頼った。 その結果、料理人として雇われることになったのは――宰相家、アライド公爵家だった。
建国以来、宰相は代々アライド公爵家から選ばれている。もちろん形式上は国王の任命だけれど、国民なら誰もが「宰相といえばアライド公爵家」と思うくらいのお家だ。
平民からの評判もすこぶる良い。厳格で、公平で、国を第一に考える名門。昔、愚王が即位した時には、国を守るため影から王を操ったなんて話まで残っているほどだ。
そして、このアライド公爵家の一人娘が攻略対象第二王子ルートの悪役令嬢である。
まあ、私としては悪役令嬢もなにも、婚約者に近付くヒロインの方が大問題じゃん、とか思っていた。
普通、乙女ゲームの攻略対象に婚約者とか恋人がいるなんてありえないでしょ、と思うのだけど、流行りに乗ったのだろう。
悪役令嬢ステファニー・アライドは厳格が服を着たような人として描写されていた。笑わない鉄の女とゲームでは言われていたステファニー。
第二王子は婿入りなのだけど、そんなステファニーを嫌っていて、貴族のマナーも理解していないヒロインに心惹かれるのだ。
いや、ないわ。
ステファニーはアライド公爵家の正当な後継者だ。 ヒロインをいじめたと言っても、実際は礼儀作法を厳しく教えただけ。 言い方はきつかったけれど、それは未来の王族相手なら当然のことだった。
婚約解消後は親戚筋から婿を迎え、公爵家を継いだらしい。 私からすれば、それが一番幸せな結末だったと思う。
少なくとも、笑わないからと婿入りするはずの家に対して不義理なことをする王子よりも誠実なはずだよ。
まあ、そんなアライド公爵家に住み込みで雇われた母とおまけの私は王都屋敷に赴いた。
社交シーズンに入る直前で奥様とお嬢様は領地にまだいて、宰相である旦那様だけがお屋敷で暮らしている。
母が雇われたのは、料理人が問題を起こしたかららしい。詳しいことは知らない。だけど、料理人は平民が貴族のお屋敷で働ける貴重な仕事なのに、それをふいにするなんて何をしたのだろう。
それが何人かだったことで、急遽料理人を雇うことになった。
母は男に騙されて未婚のまま私を産んだという負い目はあったけれど、長年料理人をしていたし評判も良かったのもあり採用となった。
私も「将来は厨房で働く見習い」という扱いで、一緒に住み込ませてもらえることになった。
五歳児なんて、おまけもいいところだ。 食べる量の方が仕事量より多いくらいである。 それでも一緒に住み込ませてくれたのだから、旦那様はきっと優しい人なのだろう。
乙女ゲーム、もとい、婚約者略奪ゲームのヒロインになんてなりたくなかった私は、本来ならば死ぬ運命だった母と共に全力エスケープさせてもらった。
本来ならば、私は平民の下働きの子供として高貴なる公爵家のお嬢様の視界に入るはずはなかったのだ。
そう、なかったはずなのに、今の私はステファニーお嬢様専属の料理人をしている。
これにはもちろん理由がある。
このゲーム、魔法はないけどスキルのある世界だ。そのスキルは多種多様で、そして基本的には公言しないものである。
母が女性ながら料理人として認められているのは「上級調理」のスキル持ちだからだ。因みに、スキルは先天的なものと後天的なものがある。
母の「上級調理」は元々は「調理」スキルがあって、日々の仕事から経験を積んで進化したものだ。それに伴い、「解体」のスキルが後天的ににょきっと生えてきた。
これが先天性と後天性なのだけど。
ヒロインの私には「鑑定」「解毒」「調理」の先天的なスキルがあった。これは調べたらわかることなのだけど、このスキルはそりゃあとても有用だった。有用すぎた。
ステファニーお嬢様にはアレルギーがあったのだけど、この世界ではまだアレルギーというのは未知の病だった。
食事には十分に気をつけても、繊細なお嬢様の体には様々な食物アレルギーがあり、初めて食べた食材でお嬢様は倒れた。
すわ、毒かとなったけれど、私はついうっかり遠目から鑑定してしまったのだ。お嬢様の状態を。
鯖アレルギーだった。使った食材の中に魚の粉末が含まれていたことが原因。
毒じゃないんだよ!と言いたくて思わずそのことを叫んだ結果、スキルがバレた。
後で知ったのだけれど、貴族からするとこれは破格の能力だったらしい。何せ鑑定して毒を見つけた後に解毒スキルで無効化出来るのだから。
アレルギーなんて概念はこの世界にはない。 旦那様にとって重要だったのは、「食べれば危険なものを見抜ける」という事実だった。
鑑定スキルのおかげで何がお嬢様に危険なのかがわかった私に旦那様はおっしゃった。
「今日から君はステファニーの専属の毒味係で、調理スキルを上級調理にしたら専属料理人とする」
と。
わぁお。
その日から私はお嬢様の食事の時には同席することになった。
平民の小娘がお貴族様のそばにいるために必要なことが何かわかる?
礼儀作法だよ。
そんなわけで、「お嬢様、アレルギー大事件」が起きた八歳の頃から私は一気にやることが増えた。
礼儀作法をとことん詰め込まれ、お嬢様の食事に同席し、そして空いた時間はスキルを進化させる為に厨房で仕込まれる日々。
公爵様自らのお達しである。厨房は母込みで一丸となって私にありとあらゆる技術を詰め込んだ。
多分その過酷な生活のせいで、「疲労回復速度大」が生えた。これがなけば多分私は倒れていたよね。
無事にスキルが進化したのが十歳のときで、そこから私はずっとお嬢様専属の料理人をしている。
何を使ったら駄目なのかを把握している上、お嬢様のお口に合うように調整出来るのもあり、私はそれはもうお嬢様のお気に召したようだった。
どこに行くにも私はお嬢様にお供することになり、母が王都屋敷固定なのに対し、領地に戻られる際はわたしも当然お嬢様に着いて行くようになった。
嫌ではない。ただ、母は私が十三歳の年に亡くなるので強制力がなければ良いと思っていた。もはや賭けの気分だった。
お嬢様と領地に戻った際、お嬢様が私におねだりするものがあった。それはお菓子だ。流れ込んできた記憶の中から、こちらの世界にはないけれども材料を揃えれば作れるものの中にロールケーキやシフォンケーキがあった。
幸いにして、卵や小麦、牛乳のアレルギーがなかったお陰でお嬢様には何種類ものケーキを作ってきた。
ゲームの中では鉄の女とまで言われた、表情一つ変えないお嬢様はどこへやら。季節のフルーツを挟んだロールケーキを食べる時の笑顔は究極に最高の可愛さで、私はお嬢様過激派にすっかりとなっていた。
私は奥様や侍女長に怒られない程度にお嬢様に新作ケーキを作っては喜んでもらっていた。
とはいえ、年頃のお嬢様なので、食事はその分きっちりと管理した。健康と美容に良いものであれば、お野菜もたっぷりと使った。
貴族は野菜を好まないらしいけれど、そこは鑑定結果として整腸作用や美肌効果を訴えた。奥様に。
お嬢様は私が作るものはなんでも食べてくださる。
しかし奥様は「貴族が野菜なんて」と最初は眉をひそめていた。けれど、お嬢様は便秘知らずで肌もつるつる。野菜の効果はお嬢様を見れば一目瞭然だ。
美容スープに関してはお嬢様だけでなく奥様にもお出しするようになった。
さて、母のことであるが、賭けに私は勝った。この世界に強制力はない。母は健康的な生活で病気になることはなく、それどころか結婚し、幸せな日々を過ごしている。
お相手は護衛騎士の一人で、私という子供がいることを承知の上で母と結婚した。
子爵家出身の次男の方で、独身のまま三十歳を目前としていた。母は十六歳で私を産んでいる。だから三十歳目前のその方とは同い年だった。
母に胃袋を掴まれたその人は、私のことも実の娘のように可愛がってくれて、気付けば私は自然と「お父さん」と呼んでいた。
まあ、その結婚にあたり、母は私の実の父についてを旦那様と奥様にお話した。貴族の中では最底辺とは言えど、現男爵の血を引いているのだ。
尤も、それは杞憂だった。私はお嬢様の命綱にも等しい。そんな私を下衆が好き勝手にすることは許さない、と断言して下さった。
お嬢様も「ネリアを手放すなんてありえないわ!」と私の手を握ってそう仰って下さった。
公爵家にがっちりガードされていたからか、実父は母と私の行方を追いきれなかったようで、目の前に現れることはなかった。
お嬢様はゲーム通りに第二王子と婚約しているのだが、ここがゲームの世界のようで違うと実感したことがある。
なんと、ゲームではお嬢様を毛嫌いしていた殿下だが、現実の殿下はお嬢様にベタ惚れなのだ。
ゲーム内でお嬢様を嫌っていたのは表情を変えないところなのだが、今思えばお嬢様はアレルギー体質もあって何時でも体調が悪かったのではないだろうか。
食べられないものを避け、好みに合わせた食事を毎日用意している。交流の日には、大好きなお菓子も添える。健康になったお嬢様は、自然と笑うようになった。
殿下はそのお嬢様の笑顔に撃ち抜かれたのだ。
まあ? お嬢様が笑顔なのは? 私のお菓子のおかげですけど?
殿下は私に感謝してくださってもよろしいのですよ?
なーんてことは言わないけどね、流石に。
ゲームでは母を失った『私』は居場所を求めるように攻略対象を落としていた。でも。今の『私』は父ができたし、お嬢様には信頼されているし、公爵家の皆様にも守られている。
まあ、公爵家の皆様に関してはお嬢様の命がかかっているからなのは分かっている。
料理人としても認められていて、居場所をきっちりと作っている私は乙女ゲームのシナリオ通りに動くわけはない。
お嬢様と私が十五歳になり、お嬢様は学院に通うことになったけれど、平民の私はお屋敷でお仕事をする日々。初めこそお嬢様は私を連れて学院に行きたがったけれど、そんなことをすればご飯食べられませんよ、と言えば断念してくれた。
毎日お嬢様が好きなランチボックスをお作りするので許してくださいね。
ある時からお嬢様は憂い顔を浮かべるようになった。
旦那様と奥様から、お嬢様のお好きなお菓子を作って原因を探ってくるようにとの密命を受けた。
お二人のご命令だから、と、お嬢様がこよなく好むチョコレートケーキをお出ししながら話を聞き出した。
学園には、自分こそが『ヒロイン』だと言わんばかりに振る舞う令嬢がいるそうだ。言動が貴族令嬢らしくなく、お嬢様は大変困惑していた。
お嬢様は『ヒロイン』が何かを理解していないので、その令嬢から「私はヒロインであなたは悪役令嬢なのよ!」と言われて困りきっていたらしい。
私にはすぐに分かってしまった。ああ、その令嬢も記憶持ちなんだ。
ただ、その成り代わろうとした令嬢の最大の誤算は、殿下がお嬢様にベタ惚れだったことではないだろうか。
殿下はお嬢様に心底惚れぬいているので、「表情一つ変えない鉄の女が婚約者だなんて、お辛いですよね」と言われて大層お怒りになったそうだ。
そりゃそうだ。殿下の前でのお嬢様は、どんな曇り空もたちまち青空になり虹の光が差し込むような笑顔を浮かべられるのだ。
まあ? 殿下ではなくて? 私のお菓子を食べたからですけど??
私は何度もお嬢様のその笑顔を見てきましたけれど??
身分の違いがあるので私からお声かけしたことは当然ないけれども、殿下からは幾度となくお言葉を頂いている。
ええ、嫉妬交じりのね。
ざまぁ。
お嬢様は私を手放すつもりはないと宣言しているからね。ふふん。
他にもゲームの攻略対象に接触してはその婚約者とか恋人に喧嘩を売っている令嬢は、ここをゲームの世界だと信じ込んでいた。
いや、ゲームの世界ならあなたは『ヒロイン』になれないでしょうし、私はここにいないのですが?
自由奔放に振舞った代償は大きかったようだ。
お嬢様よりも第二王子殿下の怒りを買いすぎたその令嬢は学園どころか貴族社会から完全に消された。
誰がどう手を下したのかを平民の私が知ることはない。
知る必要もなかった。だって私はお嬢様が穏やかに笑っていられるのなら、それで十分だったからね。
私は料理人なので誰かを害する料理は作れない。しかし、知識はある。殿下に問われたのは、食べ合わせというものについて。あくまでの料理知識の一環で、私は決して組み合わせてはならない食材を教えただけ。
事実、殿下が覚えておいて損は無い知識なのだ。
包丁を料理に使うこともあれば凶器にすることもある。使い手次第だ。
私は料理人だから、料理にしか使わないけれどね。
学院は平和に戻り、お嬢様の心は穏やかな日々に満たされていた。
今は母が父との間に子供が出来てお腹が大きくなってきたので、母の代わりに厨房に入っている。
お嬢様のお食事などが最優先だけど、ちゃんと戦力として数えて貰えるくらいには認められていて嬉しい。
私には乙女ゲームのヒロインの適性はなかった。だから、無理にヒロインになろうとしなくて本当に良かった。
今の私には、私を必要としてくれる居場所がある。
乙女ゲームのヒロインは悪役令嬢専属の料理人として、今日も存分に腕をふるっている。
主人公の名前が一度しか出てきてない。
主人公が結婚するかどうかは分からないけれど、多くの弟子を取り、アレルギーなどを教えこみました。
ヒロイン拒否は王道だし、悪役令嬢の傍に近寄るのも王道だと思うんですよね。
つまり!この作品は王道!




