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私は黙って堕ちていく

私、同期会があるなんて初めて知りましたが。ただの伝え忘れなのでしょうか? それとも、意図的な何かなのでしょうか?




今日も給料泥棒としての一日を過ごし、逃げるように会社を後にしました。


 大金ラッシュの梅田駅は、いつも混んでいます。出社の時と同じでスーツ姿がとても多いです。


二つ隣のトビラから乗ろうとしている女性たちは、明日のライブや見に行く予定の映画について話していました。私の後ろにいるのは男性でした。「一杯行くか」「いいですね!」「金ないんすよ」と、サラリーマンの典型的な会話が飛び交っていました。


サラリーマンとは普通、こんな風に仲良く職場の皆様と話すものなんでしょうか。

私は会話する人もいませんから何もせず、ただぼーっと電車を待っていました。


『間もなく、二番線に、電車が、まいります。危ないですから、身を乗り出さないように、お願いいたします』


 アナウンスと同時に、電車の到着を知らせるけたたましい音が鳴り響きます。平均時速70㎞の鉄の塊がいつものようにやってきました。


 私は先頭に立っていたので、一番に中に入ります。たまたま空いている席があったのでそこに座り、カバンの中からスマホを取り出します。


 すぐに私はインスタグラムを開きました。上位にオレンジ色の輪っかで囲まれているフォロー済みのアカウントがいくつも並んでいました。


 一番先に目が付いたのは、辞めた同期のアカウントでした。


中にはすぐに辞めた方やスキルアップで転職した方もいらっしゃいます。今の職場で残っているのは私と、八木さんと、営業に配属された木下さんだけです。


タップしてみると、自分の顔をスタンプで隠した子供を抱えている写真が『1ST ANNIVERSARY』の文言と共に載っていました。


別の人は、東京の夜景をバッグにシャンパングラスを傾けているおしゃれな写真でした。もう一つありましたのでタップすると、彼氏と一緒に車の中でラブラブな掛け合いをしている映像でした。撮影しているカメラが悪いのか、何を言っているのかは聞き取れませんでした。


最後はおいしいごはん屋さんを紹介していた写真でした。お皿から飛び出しているサンマと暖かそうな味噌汁、真っ白なご飯はとても食欲をそそられます。右端にお店の名前と住所が記載されていました。どうやら京都のようです。


辞めたみんなも、それぞれが各々の幸せを掴んで今を生きています。寿退社して母となり、愛する人と愛せる人を手に入れたコト。東京に引っ越してお金持ちになり、低所得者が羨ましく思うような生活を手に入れたコト。独立して、自由に自分の時間を手に入れたコト。


私の幸せはいったい何なのか、教えてはくれません。募るのは劣等感ばかりです。


毎日の社会的ルーティンを終えた後は、私の時間です。カバンの中でほこりをかぶっていた読みかけの小説を開きます。


『成瀬は天下を取りに行く』


 破天荒で飄々としている天才『成瀬あかり』がテレビに映ったり、M1に挑戦する短編物語。

 私は最後の江州音頭のお話を読んでいます。成瀬というキャラの魅力と親友『島崎みゆき』の成瀬を思う気持ちがこの本のポイントです。


 今読んでいるところは、成瀬と島崎が夏祭りで漫才を行っているラストシーン。成瀬はこれで島崎とお別れになると思っていましたが、それは成瀬の勘違いだったと気づく瞬間は、二人の煌びやかな友情と思いが交差してとても読みごたえがありました。


――あぁ、やっぱり。


 全てを読み終わった後に襲ってきた感想は、一言でいえば成瀬への嫉妬でした。


 彼女も私も共通していることは、周囲から『変わった子』だと言われた経験を持つことです。


 私は、無自覚に向けられた言葉の弾丸を警告だと解釈し、常に周囲の人に合わせて行動してきました。成瀬のようにやりたいことは主張せず、感じたことも発言しませんでした。私はそれで普通になれると思っていましたが、結果は『変わった子』から『変わった不気味な子』になっただけでした。


 対して成瀬はそんな言葉には耳を傾けず、我が道を貫いて多くの忘れられない思い出を残していきました。


『次は、天王寺、天王寺』


 降りる駅が、もうすぐそこまで来ています。どんよりと疲れた思いを引きずりながら、私は扉の前へと移動します。


 今日は会社で、スマホの前で、そして小説の前で苦しい思いを重ねました。明日は土曜日で休みですから、少し発散しましょう。

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