お母さんに借金を押し付けて逃げた男を捕まえる為に、金貸しの手下になりました
前世の記憶を取り戻したのは、空腹を抱えて夕陽を見ている時だった。
日が暮れたら、お母さんは仕事に出かける。
朝まで働いて、夕方まで寝ているお母さん。
朝に持って帰ってきたパンはそのまま朝食になって、夕方にお母さんが起きて作ってくれるスープが夕食になる。
スラムに住む子どもからしたら、とっても恵まれた生活。
親と離れ離れになった子どもたちは、夜も空腹で過ごす。
飢えたとしても一時で。親が生きていて。スープを作ってくれる母親がいて。
夜は家で一人で眠ることになるし、昼間も眠っていて相手をしてくれなくても、いるだけ幸せで。
前世の記憶が蘇った今なら、お母さんの仕事が娼婦だってこともわかる。
近所のおばさんたちが話していた内容もわかる。
お母さんは私の父親という男が残した借金の為に、金貸しの紹介した店で身体を売っているらしい。
借金をした当の本人は逃げてしまって、残されたお母さんが払うことになってしまったのだ。
そのおかげで、お母さんはスラム暮らしの娼婦となってしまった。
私を妊娠していなければ、お母さんはこんな苦労をせずに逃げられたかもしれない。
でも、お腹の大きくなったお母さんは金貸しから逃げることもできず、何年も娼婦を続けている。
そして、借金だけ残して逃げた男の子どもを育てる。
そんな糞みたいな境遇。
お母さんと過ごす時間が少なかろうが、全部、悪いのは、金を借りた生物学上の父親だ。
前世で大人だった私は、この理不尽さに腹が立ち、金貸しのところにそのまま向かった。
「ありがとうございます! これで助かりました!」
金貸しの店に行ったら、調子の良い明るい声が中から聞こえて来る。
ペコペコ頭を下げながら、男が出て来た。
対して、金貸し側は誰も出ていない。
「すみませーん」
誰かがいることは確かなので、中に入って声をかける。
「はいよ。なんだい、エリン(お母さんの名前だ)とこの嬢ちゃんじゃねーか。エリンになんかあったのか?」
中にいた金貸しは私の顔見知りだった。それもそうか。お母さんのとこにお金を取り立てに来ていたのだから。
「お母さんには何もないよ」
「じゃあ、なんで、ここに来たんだ?」
「私をここで働かせてください!」
「うちは安心安全をモットーにした金貸しだぞ。借金の返済を子どもにさせる真似はしねえ」
「違うんです! 違わないかもしれないけど。ここで働いて、いつか、借金を押し付けて逃げた父親を捕まえて返済させたいんです!」
「え? ちょっと、待て」
金貸しは混乱しているようだ。
「お前がここで働いて、父親をとっ捕まえて借金を返済させる?」
「そうです」
思考を整理しようとする言葉に口を挟む。
「お前が父親を見付け出せるとでも思っているのか?」
「おじさんにとっては、あの男は客の一人に過ぎなくても、私にとっては、復讐相手なんです」
「は? 復讐?」
「だって、自分が借金しておいて、逃げたんですよ。お母さんの代わりに私が復讐しなくて、どうするんですか?!」
「復讐するなら、俺のことを復讐しないのか?」
「おじさんはお金を貸す仕事をしているだけでしょ」
「確かに、金を貸す仕事をしているが・・・」
「仕事は仕事であって。ただ、返済能力のない男に返済できない額を貸してしまった間抜けな金貸しって、だけです」
「復讐相手にされたほうがマシな言われようだな! それに返済できるかどうかなんて、関係ねえんだよ」
「あ”?」
思わず重い声が出た。
「貸した金は、少しでも縁がある奴が返せばいいんだよ。お前の母ちゃんのようにな」
「どういう意味?」
「貴族と違って、庶民は戸籍上に結婚の記載があってもなくてもいいんだよ。誰々の息子。娘。母親はどこの誰かなんて、書かれていねえ時だってある」
「え? でも、それじゃあ、遺産相続できないじゃん」
「財産があるなら、遺言書を作って妻に相続させるが、大概は遺言書を作る金もねーから、同居の長男が相続するんだよ」
「・・・!」
なんてことだ! 妻には相続権がないらしい。
「だから、奴に少しでも縁がある奴は妻か妻の血縁者だと考えて、返させるのさ。奴の借金で良い思いをしてないとは言い切れないからな」
「それにしたって、私が生まれる前からお母さんは返しているんだよ?!」
「それでも、返済できねえ額なんだよ。一番、悪いのは借金を踏み倒して逃げた奴だが、その奴に大金を貸した俺も、そんな人間の屑と恋仲だった人を見る目のないお前の母ちゃんも悪い」
「だったら――」
「お前の気持ちはわかる。だがな、俺だって借金を踏み倒されて腹が立っているが、奴にばかり時間は取れねえ。代わりにお前の母ちゃんに返してもらっているんだ。お前、仕事がしたいと言ったな? お前が借金の取り立てで一人前になったら、奴の追跡を任せてもいいぞ」
「でも、さっきは駄目だって・・・」
「子どもの使いっ走りなら、善良な金貸しの俺だって使っている」
「それじゃあ、いつまで経っても、借金の取り立てができないじゃん」
「何事も見習い以下から始めるんだよ」
「はーい」
「それに小遣いが入ったら、母ちゃんに何か買ってやれるだろ?」
「おじさん! 話してみたら、良い人なんだね!」
「よせやい。俺は金貸しだ」
金貸しは照れくさそうに笑った。
◇◆
だけど、使いっ走り程度だと思ったら、実にハードだった。
張り込みや取り立ての時に裏口を見張る役など、こんなこと、子どもにさせておいて、よくも善良な金貸しだ、と自称していたな。
と思ったわけだけど、一緒に張り込みや見張り役をする孤児の子から打ち解けた頃にこれでもまともな仕事だ、と言われた。
スラムの子どもの仕事は危険だったり、汚い仕事しかないそうだ。金貸しの使いっ走りは犯罪でもないし、安全で安定した収入らしい。
文字も教えてもらった。
金を借りるほうは◯をかければ良いが、貸すほうは相手の名前や貸した金額、貸した日に、返済期限までしっかり書いて、返してもらうたびに金額の記載とサイン代わりの◯を書いてもらうそうだ。
文字を覚えてから、お母さんの返済している借用書を見せてもらったけど、月々の返済は微々たるもので、泣けた。スラムで暮らしていても、私を育てる為に時間もお金もかかっているから、らしい。
成長して借金の取り立てを手伝わさせてもらって、これは子どもができる仕事じゃないと思った。
金貸しの店を訪ねて行った時に見た感謝する態度が、取り立て時には開き直って1銭(現地通貨は違うけど)も返そうとしない、太々しい態度なら可愛いもので、罵詈雑言を投げ付けてくるのだ。
張り込みや裏口の見張り役だった頃を懐かしく思うとは思わなかった。
そんな修羅場にも慣れた頃、金貸しは私に「奴を探しに行け」と言った。
私は喜んで探しに行った。
それは初めから決めていたことだ。
善良な金貸しの下で培った知識と経験で、私は奴を見付け出した。
奴は商人に入婿をしていて、妻子と幸せそうだったが、金貸しから借りた金を全額返済させる為にすべてを失った。妻の実家にも縁を切られ、借金を踏み倒した悪質な奴隷として売られて行った。
街に来た時にお母さんに残した借金で得たお金で有能な商人に見せかけていたらしい。つまり、お母さんはその有能な商人の振りをする元手を引き受けさせられていたのだ。
私はその後、金貸しの下で街の外に逃げた借り手の捜索をしている。すぐに払える者は払って身ぎれいになり、払えない者は奴と同じく借金奴隷として売り払っている。
そうやって、お母さんと同じように泣き寝入りしていた女性たちを何人も救った。
私が使いっ走りを始めて、お母さんは小さな食堂で働くようになっていた。実は、借金の返済を求められなくなっていたから、娼婦を辞めたらしい。
金貸しは私が働き始めた時にはやり遂げると、思って待ってくれていたようだ。涙が出そう。
「お母さん! 仕事、手伝うよ!」
「ありがとう、リナ」
厨房の入り口の壁に掛けてあったエプロンを手に取りながら、私が言うと、お母さんは嬉しそうに笑う。
もう、空腹を抱えて夕陽を見たりはしない。夕陽を見る頃にはお母さんの働く店の手伝いをしているから。
「よう、リナ! 日替わり定食な」
金貸しの店で別れたばかりだというのに、金貸しが言う。
それにうんざりした表情を浮かべるまでが、今の私の日常だ。
識字率が低かった時代は○を書くだけでサイン代わりになったそうです。
結婚の届けは教会に出してもいいとか緩い国があるので、戸籍上に妻の記載のないもの(創作)にしました。
因みにその戸籍が19世紀までなかった国が欧州にあります。ナポレオンはそれで驚いたとか。




