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#03 夢

 夜明け前の空は、鉛のように重く沈んでいた。

分厚い雲の切れ間を縫うように、一機の大型輸送機〈オオトリ01〉が滑空していく。


「降下地点まであと3分。」


 パイロットの声が輸送機の機内に響いた。

重いエンジン音とともに、金属の床がわずかに震えている。

中では、四体の新型C-フレーム《神機〈シンキ〉》と四人のパイロットが待機していた。黒鉄の装甲に、青白い識別灯が脈打つように点滅している。

日本で開発された最新鋭のC-フレームの初の実戦投入。

そのコックピットに立つのは、誰もが選ばれた“人間”だった。


 ホリカワ・リク隊長は、慣れた手つきでトランプをシャッフルし、1枚だけ引き抜いた。

数字を確認せず、その1枚を右ポケットにしまう。

薄く笑みを浮かべたその顔に、緊張の色はない。


 高校卒業後、すぐに軍へ志願。

圧倒的な訓練成績を収め、わずか数年で空挺団へ配属。誰よりも早く走り、誰よりも長く残り、誰よりも多くの血を見てきた。

訓練でも実戦でも、常に結果を出し、やがて最年少で特殊作戦群へ配属された。

天才ではなく、ただ“生き残る”ことだけを誰よりも繰り返してきた男だ。生まれつきの反射神経と空間認識能力に加え、自分自身の勘で、幾度も任務の成功を導いた。身長184センチと高く、無駄のない筋肉が共鳴スーツの上からでも分かる。黒髪を短く刈り上げ、無精髭が残っている。


「全世界に注目されてテレビに映るからって、緊張しすぎるなよ。」——ホリカワ


「私はワクワクして寝れませんでしたけどね。」——ヨシダ


 ヨシダ・ミユウ隊員が髪を結びながら笑って答える。

 この部隊で唯一の女性兵士。

高校卒業後、すぐに軍へ入隊した。

最初は158センチと小柄な体格で女性ということもあり、マスコット兵士扱いをされていたが、格闘と近接戦闘で圧倒的な成績を叩き出し、実力を証明してきた。

明るく陽気な性格でいつも明るめの栗色の髪を揺らしている。


 一番隅のシートで、オイシ・ヨウタロウ隊員が両手で小瓶を握っている。


 「……マジでなんで、わざわざそういうこと言うんですか? もっと緊張しちゃうじゃないですか……。正露丸飲んどこ……。」——オイシ


 士官学校を卒業後、軍へ入隊。訓練成績では常に上位20%をキープし続けたが、一度も首位には立てなかった。

“天才ではないが、欠点もない”──それが彼の評価。

彼自身もそれをよくわかっていて、「俺は誰かの影で動くタイプなんで」と冗談のように言う。

それでも、いざという時に真っ先に動くのはいつも彼だった。

平均的な身長でやや細身、柔らかい印象が残る。少し長い髪が目元にかかっている。焦りやすく、落ち込みやすい性格だが、その人間味が、仲間たちには妙に安心感を与えていた。ミユウと同い年だが、士官学校に通っていた分、実践経験は彼女の方が多い。「何故か不思議と隊がうまく回る」と評価され、ホリカワに直々に引き抜かれた経緯を持つ。


「おいオイシ、臭いが充満するから出撃前に飲むのやめろって言ってんだろ。」

とミユウが顔をしかめながら言う。


「知らねぇよ……お前ら平気そうにしてっけど、初陣だぞ? これで失敗したらニュースの見出しは“神機部隊、初出撃で全滅”だぞ?」

そう言った後、オイシは口の中の正露丸を勢いよく水で流し込んだ。


「縁起でもねぇこと言うな、バカ。」——ミユウ


「ははは、まぁいいさ。」

ホリカワは閉じていた目を開け、口元に笑みを浮かべる。

「緊張してるやつが一番まともに動けたりする。そういうやつがチームを救うこともある。……逆に、俺みたいに慣れてくるとロクなことにならん。」


「隊長も縁起でもないこと言わないでくださいよぉ。」——ミユウ


「……降下まで1分だ。集中しろ。」

フルサワ・ソラ副隊長が戦況データを見つめながら静かに言った。


副隊長の声が場の空気を引き締める。


 士官学校を首席で卒業し、軍へ入隊後すぐに狙撃部隊に配属。

数多の実戦任務を経験し、その全てで“標的を逃したことがない”。生真面目な性格で口数が少ない。身長は高く、体型は均整が取れており、姿勢が良い、キッチリと整えられた髪が印象的だ。

視線は常に冷静で、無駄な動きが一切ない。

狙撃銃を手にした彼は、まるで呼吸のように引き金を引く。


 その直後、別チャンネルから聞き慣れた声が入る。

『こちらヨダ・イッセイ。後方支援、準備完了。衛星リンク確立まであと15秒。』


 基地から遠隔で戦場全体をモニタリングしている彼の声は、どこか機械的だが信頼できた。もともとは学生時代に遊び半分で軍のネットワークに侵入した経歴を持つ。その圧倒的な才能と、悪意が無かった点を考慮され逮捕されるか、国のため働くかを選ばされた。通信士としての正式な訓練を経て、この部隊に配属された。

常にタブレットを手放さず、睡眠よりも回線の状態を気にしている。神機のデータリンク構築や作戦通信の暗号化も担当していた。



「サンキュー、イッセイ。俺たちが帰るまであったかいコーヒーでも飲んでてくれ。」——ホリカワ


『はいはい、こっちは冷めた缶コーヒーで見物ですよ。無茶すんなよ、隊長。』——イッセイ


「誰に言ってんだ。俺ほど計画的な男はいないだろ。」——ホリカワ


「いやいや、誰が言ってるんですか?」——ミユウ


再び笑いが起こる。


警告灯が赤に変わり、機内が低く唸る。

「降下準備——30秒前!」

パイロットの声が響いた。

全員の表情が一瞬で切り替わる。

ミユウの笑顔が消え、オイシの震えが止まる。


「各自、神機を起動。全機システムチェック開始。」——ホリカワ


四機の神機が同時に起動を始め、内部コアが脈動を放つ。

ホリカワの体が淡く光り、神機に接続される。

視界が広がり、《武蔵〈ムサシ〉》の鼓動が彼自身のものと重なる。


——《システム 同調率94%》

——《生体波安定域:グリーン》

——《武装システム:全系統オンライン》


「《武蔵〈ムサシ〉》、ホリカワ、リンク完了、システム安定。」

「《天津〈アマツ〉》、オイシ、同じく安定。」

「《伊奘冉〈イザナミ〉》、ミユウ、いつでもいけます!」

「《神楽〈カグラ〉》、フルサワ、問題なし。」


輸送機のハッチがきしみながらゆっくりと開き、冷たい空気が一気に流れ込む。赤いランプが点滅し、機体が少し揺れる。


『こちら通信室より、第七特殊作戦群、いつでもどうぞ。』——イッセイ


「……全機、降下準備完了。落ち着けよ。ここからがショータイムだ。」——ホリカワ


〈降下開始まで10——9——8——〉


「お前ら、世界が見てるぜ。  大和魂、見せてやれ!」——ホリカワ


「えっ、なにそれ? ヤマトダマシー?また古いやつですか?」——ミユウ

「隊長、いつの時代の人ですか?」——オイシ

「黙って飛べ!」——フルサワ


 笑い声とともに、機体が宙へ放り出された。

四つの影が夜空を切り裂き、光の尾を引いて落下する。

大気が焼け、外装が赤く染まる。

その光景は、まるで流星の群れだった。



『目標座標まで残り800。モビルスーツ4機を確認。敵迎撃反応なし。

完璧なサプライズだ』——イッセイ


 風が一瞬止まった気がした。

その“無音”の一拍が、次に来る衝撃を告げていた。


「了解、全機衝撃に備えろ、」——ホリカワ


「了解」

全員が同時に返事をする。

その声と同時に、スラスターの青白い光が闇を切り裂いた。


 地面が近づく。

風を裂く音が消え、次の瞬間、四機が一斉に地表へ着地した。

土煙の中から姿を現す《神機》たち——鋼の巨人たちは、まだ沈み切らない月明かりを受けて鈍く光る。

その中心に、黒鉄の巨体《武蔵》が立っていた。


 ホリカワは深く息を吐き、視界の端に浮かぶHUDの波形を確認した。

心拍数は安定。神経リンクも問題なし。

武蔵の中枢で鳴る低い鼓動が、彼自身の脈と重なっていた。

「……イッセイ、敵の情報を送れ。」


『送信中。敵は旧式の欧州製C-フレーム。遠距離火器主体、機動性は劣る。楽勝ですよ。』


「そういう時ほど、足元すくわれるんだ。油断すんな。」——ホリカワ


「了解。隊長、配置どうします?」——ミユウ


「全機、展開。予定通り、フルサワは後方に。ミユウ、右から制圧。オイシは左の瓦礫帯を抜けて裏を取れ。」


「了解!」——ミユウ

ミユウの〈伊奘冉〉が軽やかに右へ疾走。脚部の補助スラスターが青白く光る。


「左からいきます……こっち来んなよ、マジで!」

オイシの《天津》が警戒しながら影へと滑り込む。


 フルサワは高台のに《神楽》を固定。長銃身の磁場加速式レールスナイパーを静かに構える。

銃身の周囲に磁場が走り、低い唸り音を立てながら充電が始まる。

——音も、煙も出ない。ただ、空気が震える。

「敵機を目視で確認」——フルサワ


「制圧対象だ、撃墜は避けろ。……だが撃たれたら遠慮するな。」——ホリカワ


風が止む。

その瞬間、最初の閃光が走った。


 潜伏していた敵機のライフル弾が夜を裂き、〈武蔵〉の装甲に当たり、

火花が散る。

ホリカワは微かに笑った。

「へぇ……やる気満々じゃん」


〈武蔵〉の右脚が地面を蹴る。

“脚”が沈み、地面が浮く。数トンの巨体が滑るように前進した。


 ホリカワは一瞬で間合いを詰め、重火器を展開、金属音が響く。

従来型の実体弾と電磁エネルギーを併用したハイブリッド・アサルトライフル。敵機の肩部に照準を合わせて引き金を引く。

青白い閃光が炸裂し、敵の腕部が吹き飛ぶ。


「一機、戦闘不能。」——ホリカワ


「早っ!? ちょっと隊長、それズルくないですか!」——ミユウ

「競争じゃねぇ。仕事だ。」——ホリカワ


 敵の背後からミユウの《伊奘冉》が滑り込み、両腕のフォアランチャーを展開する。拡散型プラズマショットガンを発射する。

複数の光球が散弾のように飛び、敵の脚部を撃ち抜く。

殺傷性はないがプラズマ弾により機体は力無く倒れる。

「おらっ、寝てろ!」——ミユウ


「ナイスカバー。オイシ、残り頼んだ。」——ホリカワ


「了解、右ルートから回り込み中——っと!」——オイシ


敵機の一体がオイシに狙いを定め、狙撃弾を放つ。

弾丸が機体をかすめ、地面を抉る。


「っぶねぇ!」——オイシ


「オイシ下がれ、位置特定した。」——フルサワ


高地の影から、静かな声が響く。


「スコープ、補正完了。風速、誤差ゼロ。発射。」——フルサワ

 

《神楽》の長大なスナイパーは低く唸り地面が震える。青白い光が一瞬走る。

次の瞬間、音もなく600メートル先の敵機のライフルが粉砕され、腕ごと吹き飛ぶ。


「……命中確認。武装喪失。」——フルサワ

「毎回思うけど、あの銃……怖すぎる」——ミユウ

「音も匂いもないほうが、静かでいい」——フルサワ

「いやいや、感情とか無いわけ!?」——オイシ


通信の向こうで、イッセイが笑いを堪えているのが聞こえた。

『楽しそうで何よりだ。戦場で笑ってるやつら、他にいないぞ。』


「笑ってられるうちは、こっちの勝ちだ」——ホリカワ

その声にはどこか余裕と、油断のない闘志が滲んでいた。


 戦場を包む煙が、ゆっくりと風に流されていく。

残るは一機。

敵は損傷を負いながらも、必死に武器を構えた。


「隊長、やらして下さい」——ミユウ 


「やれ。殺すなよ。」——ホリカワ


ミユウが滑るように接近し、間合いギリギリでショルダーシールドを展開。

敵の攻撃を弾き返し、右手の短銃を突きつける。

——ドン。

撃ち抜かれた弾丸が敵機のコクピット横をえぐり、制御を失った巨体がゆっくりと沈んでいく。


静寂。

一陣の風が通り抜けた。


『敵4機、完全制圧を確認。損傷はほぼゼロ。見事だ。後片付けのために他の部隊が向かっている。君達は撤収してくれて構わないよ。』——イッセイ


「よし……任務完了だ。残りの任務は引き継ぐ。俺たちは撤収だ。」——ホリカワ


《武蔵》の視界には昇る朝靄が映る。

戦闘の煙の向こう、かすかに朝日が差してきていた。


砂塵の中、4機の神機が並び立つ。


『輸送機〈オオトリ01〉より呼びかけ。回収地点まで残り3分。』


「了解、全機帰投する。」——ホリカワ



 輸送機〈オオトリ01〉のカーゴベイに4機の神機が収容される。

油圧の唸りとともにハッチが閉じ、機内が再び静寂に包まれた。

人工照明の白い光が、煤と砂にまみれた装甲を照らす。


コクピットのハッチが開き、ミユウがまず結ばれた髪をほどく。

「ふぁ〜〜……終わったぁ……! あーもう、肩ガッチガチ!」——ミユウ

汗まみれの顔で、いつもの調子が戻っている。


「お前な、この小規模の戦闘で肩こりか。」——ホリカワ


「いや〜、だって緊張してたんですよぉ!」——ミユウ


「嘘つけ、最後ニヤニヤしてただろ。」——オイシ


「そっちこそ震えてたくせに、そこそこ動けてたじゃん。」——ミユウ


「正露丸パワーだよ……正露丸は全てを救うのさ。」——オイシ


笑い声が機内に広がる。

その横で、フルサワは黙ってスナイパーライフルのデータを整理していた。

「……照準誤差0.03。次は0.02まで詰めたい。」——フルサワ


「まったく、お前は相変わらずストイックだな、」——ホリカワ


「習慣だ。ルーティンを崩すとミスが出る。」——フルサワ


「はい出ました、“ロボット人間”。」——ミユウ


 ホリカワはふっと笑い、椅子に背を預ける。

輸送機の振動がわずかに伝わり、遠くでエンジンの低音が響く。

HUDに映る任務ログを見ながら、呟いた。


「全員、生きて帰ってきた。……上出来だ」


一瞬の静寂。

ミユウがニカッと笑い、手を上げる。

「ですよね!初陣で全機無傷って、ニュース映えしますよ!」——ミユウ


「明日あたりには“神機部隊、まるでヒーロー”とか言われてるぞ」——オイシ


「隊長が渋く映ってたら、またファンレター増えるんじゃないっすか?」——ミユウ


「やめろ。そういうのはお前らに回す。」——ホリカワ


通信機からイッセイの声が入る。

『あー、こっちでもニュース速報出ました。“人類初の神機部隊、敵拠点を完全制圧”。映像付きですよ。ホリカワ隊長、カメラ目線で降下してましたね。』


「嘘つけ、カメラなんか見てねぇ」——ホリカワ


『バッチリ見てましたよ。しかも降下直前に“世界が見てるぜ”って……名言気取りですか?』——イッセイ


ミユウが腹を抱えて笑う。


「言葉選びが古いんだよなぁ」——オイシ


「……お前ら、覚えとけ、、」——ホリカワ


笑いの中で、輸送機が静かに上昇していく。

窓の外では、夜明けの光が雲を突き抜けていた。


 ホリカワは黙って右ポケットに手を伸ばす。

出撃前にしまったトランプの1枚。

ゆっくりと取り出し、裏面を見つめる。

血と汗で少し湿っていた。


ため息を一つつき、カードを裏返し数字を確認する。


彼は小さく笑った。


雲の切れ間から差す一筋の陽が、神機たちの装甲を淡く照らす。

ただ、四人の仲間が同じ方向を見ていた……




「ドンドンドン、ドンドンドン」

 外から扉を叩く音が、懐かしい夢の残響を破った。

ぼやけた視界の中で、ホリカワは現実の重力を思い出した。


視界に映るのは、鉄の天井と、ちらつく蛍光灯。

湿った空気、金属と油の混じった匂い。

ここは……バンの中だった。


 車内は、まるで小さなアジトのように散らかっている。

整備用の工具箱、錆びたレンチ、半分焦げたインスタントパン、そして古びた腕時計。文字盤の針は律儀に夜を刻み続けている。

窓際には曇ったガラス、雨粒でぼやける街灯の光。

外の世界はまだ眠りから覚めきっていない。


助手席には、彼が数年前に廃品工場で拾った旧式の小型多目的自動作業ロボットが座っている。

液晶の顔には簡単な絵文字で感情を表すだけだが、その動作にはどこか愛嬌がある。

彼はこのロボットのことをオンボロと呼んでいる。


オンボロの液晶には「☕」の絵文字。

湯気も香りもない、ただのカップの絵。

けれどホリカワは知っている——これは、彼なりの“おはよう”のサインだ。


外から再び、鋭いノック音——

金属を叩く高音が、雨に混じってバンの壁を震わせる。


「おはようございまーす、市警です。車両登録β-291、確認できますかー?」——警察官


ホリカワは窓に近づき、外を覗く。

雨に濡れた街路。反重力車両が一台、白黒の装甲を輝かせて宙に浮かんでいる。

その横には若い警官。肩には半透明のシールドが張られ、雨粒を弾き、周囲を小型ドローンが静かに旋回する。


「……はいはい。」

眠そうに答え、ホリカワはドアを開ける。

湿った風と人工的なレモンの香りが混ざり、鼻をくすぐる。


警官は眉を上げ、皮肉な笑みを浮かべた。そして標識を指差しながら言った。

「朝っぱらからエンジンかけっぱなしですか。旧式ガソリン車なんて、今どき珍しいですねぇ。排ガス規制、読めないタイプですか?」——警察官


「見えなかっただけだ。」——ホリカワ


「はは、言い訳ですか。あーでも残念。ここ、“反重力専用エリア”なんで。タイヤ付きは即アウト。三百クレド罰金、または——」——警察官


「または?」——ホリカワ


「オンライン講習です。“古典機械操作三時間”。ドローンが優しく教えてくれます。」——警察官


ホリカワはため息をつき、古びた磁気カードを取り出す。

角はすり減り、ICチップも欠けている。


「……これ、まだ使えるのかよ」——警察官


「奇跡的に。こいつとは長い付き合いでな。」——ホリカワ


カードをスキャンし、警官は腕の端末を操作する。

ホログラムにバンのナンバーとホリカワのデータが映る。

背後のドローンが静かに視線を合わせ、記録映像を保存する。


「時代遅れフェチっすか? 博物館行けばたくさん見れますよ。」——警察官


ホリカワは答えず、助手席のオンボロを見る。

液晶には「( ̄∇ ̄)」。

警官は肩をすくめ、呆れ顔を浮かべる。


「まぁ、いいですけど……ほんとに買い替えたほうがいいっすよ、そのポンコツ。次の検査、通らないっすよ。」——警察官

そう言い残し、警官は離れて行く。


ドアが閉まり、ワイパーが雨を切る。

ホリカワはラジオをつけ、音量ダイヤルを回す。

「北行きハイウェイ5号線、事故による渋滞が――

……なお、午後から強い雨の予報です。」


ホリカワは無言でダッシュボードを開けた。

中には折りたたまれた紙の地図。

角は湿り、端が破れている。

指で何度かなぞり、行き先を迷うように眺めた。


やがて、ひとつの街の名に指を止める。

ため息をつき、地図を畳む。


CDを差し込む。

スクラッチノイズのあと、トランペットの音色が滲み、世界を色付け始める。

"It’s Been a Long, Long Time"


煙草をくわえ、火をつけた。


「時代遅れだとよ……」


オンボロが「♫」の絵文字を出す。

ホリカワはわずかに笑い、古びた写真をサンバイザーに戻し、アクセルを踏んだ。


バンは唸りを上げ、雨の街に消えていった。

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