第五十七話 巨影の宣告
朱雀会も獅凰連合も消えた今、街の目は次なる抗争に注がれていた。
そしてついに、黒天会の頭・リックが嵐ヶ丘高校に姿を現す。
堂々としたその姿は、まるで嵐を運ぶ巨影のようだった。
彼の口から放たれたのは――
冬の冷たい風が、校舎の窓を鳴らしていた。
昼休みの嵐ヶ丘高校。購買の前には行列ができ、廊下には笑い声が響く。
だがそのざわめきは、校門の方から広がった妙な緊張感によってかき消された。
「……おい、あれ見ろ」
「マジかよ……来やがった……」
生徒たちの視線が一斉に外へ向く。
黒い影がゆっくりと校門をくぐってくる。
リック――黒天会の頭。
190センチを超える巨体。岩のような胸板と腕。
学ランを羽織っただけの姿なのに、まるで戦場から来た兵士のような圧力を放っていた。
その堂々とした足取りは、威嚇ではなく、当然のようにここが自分の場所だと告げていた。
生徒たちは息を呑み、自然と道を開けていく。
窓から覗く者、足を止めて見守る者。
空気が一瞬で張り詰め、校舎全体が凍りついたようだった。
―
昇降口から現れたのは双天鬼――鷹鬼と久里鬼。
その後ろには辻と松浦も続く。
「……来たな」久里鬼が拳を握りしめた。
鷹鬼は冷静な目でリックを見据える。
校庭の真ん中で、二つの影が向かい合った。
巨体と巨影、そして双天鬼。
まるで物語の幕開けを告げるかのような緊張が漂う。
リックが口を開いた。
「双天鬼、だな」
低く響く声。
その声だけで周囲の生徒たちは背筋を震わせた。
久里鬼が前に出る。
「わざわざ学校までご苦労さん。ケンカしに来たってわけか?」
リックは首を横に振った。
「俺は卑怯なやり方は好かねぇ。数で囲む、背後から襲う、そういうのは弱者のやり口だ」
その目が鋭く久里鬼を射抜く。
「俺が望むのは正面からの勝負だ」
―
生徒たちが息を飲む中、リックは堂々と続けた。
「だから提案する。俺たち黒天会と、お前ら嵐ヶ丘の代表――五対五で戦え」
ざわめきが一気に広がる。
「五対五……?」「代表戦……?」
耳にした瞬間、生徒たちは互いに顔を見合わせ、戦慄していた。
リックはさらに言葉を重ねる。
「数も条件も揃えろ。正面から、それぞれの代表をぶつけて勝負を決める。
勝った方が街を支配する。シンプルだろ?」
久里鬼の口元が歪んだ。
「……上等だ。逃げも隠れもしねぇ。正面から来るなら受けて立つ」
その即答に、生徒たちがざわめく。
だが鷹鬼は一歩前に出て、冷静にリックを見据えた。
「……随分と余裕だな。お前にとっては“遊び”かもしれないが、こっちにとっては命がけだ」
リックは笑った。
「遊び? いや、真剣勝負だ。俺は力でしか物を測らねぇ。だからこそ、俺はお前らを認めている」
その言葉には嘘がなかった。
リックは本気で双天鬼を“強者”と認めている。
―
やがてリックは背を向け、歩き出した。
去り際に短く言い残す。
「五人を決めておけ。次の休みにでも場所を知らせる。
逃げるならそれまでだ」
その背中は堂々とし、誰も追うことができなかった。
校門へと消えていく巨体を、生徒たちは固唾を飲んで見送るしかなかった。
―
沈黙の中、松浦が声を震わせる。
「先輩……本当に五対五でやるんすか……?」
久里鬼は拳を握り、力強く頷いた。
「ああ。逃げ道なんざねぇ。だったら正面から勝つだけだ」
辻は拳を見つめ、唇を噛む。
「……俺たちも、やるんだよな」
鷹鬼は風に揺れる前髪を押さえ、静かに答えた。
「もう決まった。――これは避けられない」
空は曇り、冬の冷たい風が再び吹き抜けた。
まるでこれから始まる嵐を予告するかのように。
黒天会の頭・リックが嵐ヶ丘高校に現れた。
その提案は――五対五の代表戦。
卑怯を嫌う彼の宣告は、逃げ道のない決戦を意味していた。
双天鬼と仲間たちは覚悟を迫られる。
静かな校庭に残ったのは、嵐の前触れのような冷たい風だけだった。




