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双天鬼  作者: 四郎
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第五十四話 年越しの夜

大晦日の夜、街は白い息と鐘の音に包まれていた。

嵐のような日々を駆け抜けてきた少年たちも、この日ばかりは仲間と共に参道を歩き、静かに新しい年を迎えようとしていた。

その先に待っていたのは、過去の因縁と、未来を託される言葉だった。

冬の夜空に白い息が立ちのぼる。

参道には屋台が立ち並び、甘酒や焼きイカの香ばしい匂いが漂っていた。人混みのざわめき、鈴の音、笑い声。年越しを祝う人々の熱気が、冷たい空気を押し返していた。


「人、多いな……」辻が肩をすくめる。


「正月だからな」鷹鬼は淡々と答え、ポケットに手を突っ込んだまま人波を進んでいく。


久里鬼は横に立つみさの肩を軽く抱いて、人混みから守るように歩いていた。

「寒くねぇか?」

「うん、大丈夫。でも……こういうの、いいね」みさは笑顔を浮かべ、屋台の明かりに照らされる。


松浦は笑いながら「あんまり浮かれてると財布スられますよ、先輩」と茶化した。久里鬼は鼻で笑い返す。


境内に着くと、鐘の音が鳴り響いた。新しい年を告げる厳かな響き。

その音に耳を傾けながら、五人は並んで賽銭箱の前に立った。



参拝を終えた帰り道、ふと人混みの向こうから一人の影が現れた。

冬の夜気を切り裂くような鋭い眼差し。

「……菅野」


その名を呼ぶと、男はゆっくりと歩み寄ってきた。

かつて嵐ヶ丘高校を支配し、双天鬼と死闘を繰り広げた男――菅野だった。


「よぉ。お前らも来てたのか」

以前のような荒々しさは少し薄れ、どこか落ち着いた雰囲気をまとっている。


みさが一歩前に出た。

「……あの時は、本当にありがとう。吉田から……助けてくれて」

彼女の瞳は真剣で、言葉は震えていた。


菅野は少し驚いたように目を見開き、それから苦笑した。

「礼なんざいらねぇよ。あんなやつ、俺が気に食わなかっただけだ」

そう言いながらも、どこか照れくさそうに顔をそらした。



しばらく沈黙が流れたあと、菅野が煙のような息を吐きながら言った。

「……俺ももうすぐ卒業だ。そろそろ、嵐が丘も次の世代に任せなきゃならねぇ」


鷹鬼と久里鬼が無言で彼を見つめる。

菅野はかつて敵だった二人を、今は真正面から見据えていた。


「双天鬼。お前らに任せる。……嵐ヶ丘の未来をな」


その言葉は、冬の夜の冷気の中に重く響いた。

久里鬼は拳を握りしめ、短く「……任せろ」とだけ答える。

鷹鬼もまた、静かに頷いた。


松浦と辻はそのやりとりを見て、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

かつて恐れられた男が、今こうして未来を託している――それは確かな時代の移ろいだった。



「……なんか、しんみりしてんな」辻がわざと茶化すように口を開いた。

「正月早々だし、もっと景気のいい話しようぜ」


松浦が笑いながら「おみくじ勝負でもやりますか?」と言うと、久里鬼が鼻を鳴らす。

「俺は大吉しか引かねぇ」

「うわぁ、絶対凶引きますよそれ」


鷹鬼は無表情のまま「おみくじで勝負する意味がわからん」とぼそり。

それに久里鬼と辻が「そこが面白ぇんだよ!」と声を揃え、みさは吹き出して笑った。


冬の夜空に笑い声が広がり、初詣の喧噪に混じって消えていく。

だがその胸の奥では、確かに次の世代へのバトンが渡されたことを、全員が感じていた。

大晦日の夜、五人で訪れた初詣。

かつての敵であった菅野は、みさから感謝を受け、そして双天鬼に嵐ヶ丘の未来を託した。

戦いの記憶は消えない。だが時代は移ろい、確かに次の世代へと引き継がれていく。

鐘の音が響く境内で、新しい年が始まった。

その先に待つのは新たな嵐か、安らぎか――答えはまだ、誰にもわからなかった。

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