第五十一話 報告と誓い
二井との死闘を制した久里鬼は、血にまみれながらも仲間に支えられ病院へ戻った。
待っていたのは母との再会、そして同じ病院で療養する辻への報告。
それは戦いの区切りであり、新たな誓いを刻む夜となった。
倉庫街を離れる頃には、夜はすでに深かった。
鷹鬼が前を歩き、松浦が肩を貸して久里鬼を支える。
血に染まった体は重く、歩みは遅い。
「……悪いな、松浦」
久里鬼が息を切らしながら笑った。
「何言ってるんですか、久里鬼先輩。俺なんかが支えになれるなら、それだけで十分です」
松浦は肩に食い込む重さを堪えながら、必死に声を張った。
鷹鬼は短く言った。
「きついだろうが急げ。母ちゃんが待ってる」
その言葉に、久里鬼はかすかに頷いた。
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病室の扉を開けたとき、母はベッドに横たわっていた。
顔に疲れがにじむものの、命に別状はなかった。
その姿を見た瞬間、久里鬼の体から緊張がほどけた。
「……母ちゃん……!」
思わず声が震えた。
母は弱々しくも笑みを浮かべ、息子の名を呼んだ。
「ヨシト……」
膝をつき、血まみれの手を差し出す久里鬼。
母はその手を両手で包み込み、涙を浮かべた。
「もう無理しなくていいのよ。小さい頃から誰よりも優しい……あんたは私の誇りなんだから」
久里鬼は拳を震わせ、唇を噛んだ。
「……俺は母ちゃんの息子だ。だから母ちゃんを傷つけた奴は、絶対に許さねぇ。何度でも立ち上がる。……それが俺の生き方だ」
母は涙を流しながら小さく笑った。
「……本当に、父さんに似てきたね」
鷹鬼も松浦も言葉を挟まず、ただその場に流れる温かさを静かに見守った。
―
母の手を握りしめたまましばらく時が流れた。
やがて鷹鬼が静かに口を開いた。
「……辻にも顔を見せてやろう。あいつも気にしてる」
久里鬼はゆっくりと立ち上がり、松浦に支えられて別の病室へ向かった。
―
扉を開けると、ベッドには包帯だらけの辻が横たわっていた。
目を閉じていたが、声に反応して薄く瞼を開けた。
「……鷹鬼……? 久里鬼……? ……松浦……?」
掠れた声だった。
久里鬼はベッドの脇に立ち、短く告げた。
「……二井は倒した」
その言葉に、辻の瞳が大きく見開かれた。
「……マジか……! あのモンキーを……!」
松浦が頷いた。
「そうだ。俺も横で見てた。久里鬼先輩が二井をぶっ飛ばした」
辻は涙をにじませ、震える声を漏らした。
「……クソ……俺があんなやられ方したのに……」
久里鬼は黙って見下ろした。
その瞳は優しく、だが強く光っていた。
鷹鬼が口を開いた。
「辻……次に立ち上がる時は、もう一人じゃねぇ。俺たちと一緒だ」
辻は涙を拭い、かすかに笑った。
「……わかった。次は……俺も一緒に」
その声は弱かったが、確かな決意を含んでいた。
―
病室を出たとき、窓の外には夜明けの光が差し込んでいた。
松浦が小さく呟く。
「……ここからが、本当の始まりですね」
鷹鬼は短く答えた。
「ああ……街はまだ荒れてる。だが俺たちなら進める」
久里鬼は母の姿、辻の涙を思い浮かべながら呟いた。
「……守るもんがある限り、俺は負けねぇ」
その言葉は、夜明けの空に溶けていった。
二井との死闘を終えた久里鬼は、母との再会で涙を流し、辻に勝利を報告した。
母への想い、仲間への誓い。
そのすべてが、彼らをさらに強く結びつける。
嵐ヶ丘をめぐる戦いはまだ終わらない。
だが確かに絆は深まり、次なる嵐に立ち向かう力となっていた。




