第四十一話 裏切りの仮面
妹を人質に取られ、裏切りを強要された辻。
彼の胸中には恐怖と絶望が渦巻いていた。
双天鬼に相談するべきか、それとも自ら動くべきか。
答えの出ない葛藤の末、辻が選んだのは――
辻はその夜、布団の上で目を閉じても眠れなかった。
モンキーの不気味な笑顔、妹を撮った写真、耳にこびりついた言葉――
身体が震えた。
怒りで、そして恐怖で。
(どうすりゃいい……? 鷹鬼と久里鬼に相談するか?)
脳裏に浮かんだのは鷹鬼と久里鬼の姿。
二人に打ち明ければ、間違いなく本気で動いてくれるだろう。
だが同時に思った。
(いや……ダメだ。二井は卑怯者だ。俺が相談したってわかれば、絶対に姿を消す。姿を現さない限り潰せねぇ。しかもその間に、妹が……)
妹の笑顔が浮かぶ。
家に閉じ込めて守ればいい? そんな単純な話ではなかった。
(家にいても二井はお構いなしに攫ってくる……あいつならやる。目の前で連れ去られて、俺には何もできねぇ……そんなの、絶対に嫌だ)
胸をかきむしりながら、辻は呻いた。
「守るだけじゃ……何の解決にもならねぇ」
妹を守るために、獅凰連合の頭――二井を叩き潰すしかない。
それしかない。
そして彼の心に、一つの答えが刻まれた。
「……俺がやる。裏切ったふりをしてでも、近づいて拳を叩き込む」
―
翌日。
妹に向かって、辻は強い声を出した。
「今日から絶対に外に出るな! 理由は言えねぇけど……俺の言うことを信じろ」
妹は不満そうに口を尖らせた。
「えぇ……友達と遊ぶ約束もあるのに」
「ダメだ! 絶対に出るな!」
涙目になった妹を見て、胸が痛んだ。
だが言えない。真実を告げれば彼女は恐怖に押し潰されるだけだ。
「大丈夫だ……俺が必ず守る」
そう言って部屋を出ると、背中に妹の視線を感じた。
―
夕暮れ。
辻は一人で獅凰連合のアジト近くへ向かった。
倉庫街の薄暗い路地。人気はなく、鉄の匂いが鼻をつく。
「よぉ、来たな」
背後から声がした。
振り返れば、小柄な影。
天然パーマにいやらしい笑顔、鉄パイプを握る姿。
――モンキー、二井。
「……」
辻は無言で睨みつける。
モンキーはスマホを掲げ、また妹の写真を見せつけた。
「安心しろ、まだ無事だ。……お前が素直なら、な」
「……」
辻の拳が震える。
「で、答えは?」
モンキーが口角を吊り上げる。
辻は一瞬、目を閉じて深呼吸をした。
そして口を開いた。
「……双天鬼を裏切る。俺は……お前の側につく」
下っ端たちがざわめき、モンキーの口元が歪んだ。
「ははっ……いい選択だ。妹を守りたきゃ、それしかねぇ」
その瞬間、辻の拳が唸りをあげた。
「――誰がてめぇなんかに屈するかよッ!」
全力の拳がモンキーの顔面を狙う。
―
しかしモンキーは一歩下がり、間一髪でかわす。
「へっ……やっぱりそう来ると思ったぜ」
合図もなく、背後の下っ端が一斉に襲いかかってきた。
チェーン、鉄パイプ、木刀――倉庫の路地が一瞬で地獄と化す。
辻は拳を振るい、必死に食らいついた。
「妹を守るためなら……俺は負けねぇ!」
だが数は圧倒的。
頭に打撃を受け、膝が揺れる。
肩を裂かれ、血が滴る。
それでも拳を止めなかった。
モンキーは不気味に笑った。
「馬鹿だな……裏切りの芝居なんざ、卑怯者の俺に通じるかよ」
「だったら……正面から、お前をぶっ倒すだけだッ!」
血に濡れた顔で吠える辻。
その拳には、妹を守る兄の決意と、仲間を裏切らない心が込められていた。
妹を人質にされ、裏切りを迫られた辻。
双天鬼に相談すべきか迷いながらも、解決には二井を倒すしかないと覚悟を決めた。
裏切りの仮面をかぶり、命を懸けて拳を振るう。
卑怯と誇りの衝突。
辻の選んだ道は、たとえ血に塗れようとも決して屈しない兄としての誇りだった。




