第三十三話 知略崩壊
冷酷な頭・吉田“インテリ”。
頭脳と冷静さを武器に、街の頂点に立ってきた男。
だが今、その知略の全てをもってしても、速さの鬼――鷹鬼を止められない。
朱雀会の王の顔から、ついに余裕が消える。
「......確かに速いが、速さだけで勝てるものか」
吉田は冷ややかに吐き捨てた。
呼吸を整え、体勢を落とし、腕を前に差し出す。
まるで棋士が盤上を読むように、相手の一手を封じる構え。
「鷹鬼……次はお前の動きを完全に封じる」
鷹鬼は一言も返さない。
血に塗れた拳を握りしめ、低く身を沈める。
次の瞬間――。
ドンッ!!
床を蹴った音と同時に、鷹鬼の姿がかき消えた。
「ッ……!」
吉田は咄嗟に右へステップし、拳を繰り出す。
だが。
ガッ!
「ぐっ……!」
鳩尾に衝撃。
鷹鬼の拳が、読み切ったはずの先を穿っていた。
―
「あり得ん……」
吉田は後退しながら、必死に思考を回す。
「動きを完全に読んだ……それでも追いつけん……!」
次の瞬間、鷹鬼の回し蹴り。
吉田は膝を高く上げて受け止める――が、衝撃で体が大きく弾かれる。
その反動を利用して、肘打ちを狙う。
だが。
バキィッ!
もう背後に回っていた鷹鬼の拳が、頬を打ち抜いた。
血飛沫が散り、吉田の頭が横に弾かれる。
―
「見えねぇ……」
松浦が声を震わせる。
「鷹鬼先輩の動きが……完全に消えてる……!」
辻は膝を震わせながら呟いた。
「これが……速さの鬼……。吉田でさえ……追えねぇ……」
久里鬼は口元を吊り上げ、血に濡れた顔で笑った。
「そうだ……これが鷹鬼の本性だ。冷静さと怒りが合わさったとき――誰にも止められねぇ」
―
鷹鬼の動きは止まらなかった。
一撃、また一撃。
速さに裏打ちされた拳と蹴りが、吉田を追い詰め続ける。
ガッ! ドガッ! バキッ!
吉田は防御の姿勢を崩さず、受け止め、受け流し、反撃を試みる。
だがすべてが遅れる。
反撃の拳は空を切り、蹴りは虚しく宙を裂くだけ。
「なぜだ……! 俺が……俺の技術が……知略が……!」
焦りが声ににじむ。
―
鷹鬼は無言。
その瞳にはただ、燃え盛る怒りだけが宿っていた。
吉田の腕が再び鳩尾を守る。
しかし鷹鬼はわずかに軌道を変え、顎へ拳を突き上げた。
ガッ!
「ぐはっ……!」
吉田の口から血と唾が飛び、身体が仰け反る。
―
倉庫の壁に叩きつけられ、吉田は肩で荒く息をした。
顔からは完全に余裕が消えていた。
その瞳には、はっきりとした恐怖が浮かんでいる。
「双天鬼………」
歯を食いしばり、苦しげに言葉を吐き出す。
「……もう一人も……化け物だったか……!」
鷹鬼は沈黙を守ったまま、再び拳を構える。
速さの鬼は、まだ牙を剥き切ってはいない。
吉田が誇る冷静さと知略。
だが、それすら鷹鬼の速さの前では無力だった。
格闘技術も経験も、読みも、すべてを圧倒する速度。
朱雀会の王の顔から、完全に余裕が消えた。
ここから先は、鬼の怒りが支配する舞台となる――。




