第二十三話 孤独な突撃
菅野が倒れ、街を覆う朱雀会の影は濃くなる一方だった。
誇りを踏みにじられた久里鬼。
彼の心に燃え上がったのは、ただ一つ――怒り。
その怒りは夜の街を照らす灯の下で、静かに爆ぜようとしていた。
夜の街。
久里鬼はただ一人、無言で歩いていた。
街灯の明かりがアスファルトにぼんやりと影を落とし、その長い影の中を拳を握りしめた巨体が進む。
靴音は規則的に響くが、その内側に潜む鼓動は荒れ狂う獣のように速く、熱く鳴っていた。
拳はポケットの中で固く握られ、爪が皮膚を突き破りそうなほど食い込んでいる。
頭の奥に浮かぶのは、包帯だらけの菅野の姿。
敵だったはずの男が、最後に見せた不器用すぎる義理。
「吉田……テメェだけは許さねぇ」
低く吐いた声は、夜の湿った空気に溶けて消える。
怒りか、悔しさか、自分でも分からない。だがそれは確かに、拳を突き動かす衝動へと変わっていた。
遠くでバイクのエンジンがうなりを上げる。
マフラーの爆音と、下卑た笑い声が混じり合って夜風に運ばれてきた。
それは朱雀会の連中がたむろする溜まり場――錆びた倉庫からだった。
やがて視界に現れたのは、落書きだらけの鉄シャッター。
壁一面には赤いスプレーで描かれた朱雀の紋。
入口には数台のバイクが乱雑に停められ、タバコの煙と酒瓶の匂いが周囲に漂っている。
夜に似つかわしくない大声の笑いが響き渡り、倉庫全体が不良どもの巣窟であることを示していた。
久里鬼は足を止め、ゆっくりと息を吐く。
心臓は破裂しそうに鳴り、胸の奥で炎のような熱が膨れ上がる。
「菅野を侮辱し、みさにまで手ぇ出した朱雀会……全部、この拳で潰す」
目は獣のように鋭く光り、迷いは一片も残っていなかった。
ただ突き進む覚悟だけが、身体の芯を燃やしている。
倉庫の前で騒いでいた数人が、ふと久里鬼に気づいた。
「ん? 誰だ、あれ……」
「……おい、見たことある顔じゃねぇか」
ざわつく声が広がる。
久里鬼は一歩前へ。
アスファルトに靴底が重く響き、周囲の喧騒をかき消す。
その影は、まっすぐに倉庫の入口へ。
背筋は折れず、拳は震えず。
嵐ヶ丘の力の鬼は、ただ無言で獣の巣へ歩を進めていた。
――突入の瞬間は、もうすぐそこだった。
朱雀会の笑い声が響く夜。
久里鬼の胸に宿るのは、仲間を想う誇りと、消えぬ怒りだった。
彼は一人、倉庫へと向かう。
それは嵐の前触れ。
やがて夜は、血と咆哮で塗り潰されることになる。




