第十八話 夏休みのプール
期末テストも終わり、待ちに待った夏休み。
不良であろうと、高校生である以上、夏の誘惑からは逃れられない。
だが――楽しい一日は、思わぬ火種を生むことになる。
「なぁ、みさ。今度の休み、一緒にプール行かねぇか?」
久里鬼が少し照れくさそうに誘う。
みさはにやっと笑って、冗談めかして答えた。
「いいよ~。でも私、時給高いからね? 一時間三千円」
「な、なんだよそれ! お前バイト感覚かよ!」
「ふふっ、冗談だってば」
笑いながら久里鬼の腕を引っ張るみさ。
その笑顔に、豪快な男もただ顔を赤くするしかなかった。
―
夏のプール。
水しぶきと歓声が響く中、二人は一日を楽しんでいた。
久里鬼は浮き輪に乗ったみさを引っ張りながら、子供みたいにはしゃいでいる。
「おいおい、落ちんなよ!」
「きゃー! ちょっと揺らさないで!」
みさの笑顔はいつも以上に輝き、久里鬼の胸は熱くなった。
だが――その楽しげな空気を破るように、三人組の男が近づいてきた。
腕には派手な刺青、腰にはチェーン。
朱雀会の下っ端だった。
「おい嬢ちゃん、可愛いじゃねぇか。俺らと一緒に遊ばねぇ?」
「こっち来いよ、もっと楽しいこと教えてやるよ」
みさは顔をしかめて後ずさる。
「やめてください」
その瞬間、久里鬼の目が鋭く光った。
「……てめぇら、今なんつった?」
―
朱雀会の下っ端たちはニヤつきながら振り向く。
「なんだテメェ。彼氏気取りか?」
「俺たちは朱雀会のもんだぞ?」
だが次の瞬間、久里鬼の拳が雷のように振り抜かれた。
ドゴォッ!
一人目の顎が砕け、プールサイドに倒れ込む。
二人目が慌てて突っ込むが、久里鬼の膝蹴りが鳩尾に突き刺さり、泡を吹いて崩れ落ちる。
三人目は青ざめて後ずさる。
「ひ、ひぃっ……!」
久里鬼は睨みつけながら吐き捨てた。
「朱雀会だろうが何だろうが関係ねぇ。俺の女に触ろうとしたら、容赦しねぇ」
震える下っ端は逃げるように走り去った。
―
その後、みさがタオルを差し出しながら言った。
「……ありがと。でもちょっと怖かった」
「悪ぃ……脅かしたな」
久里鬼は頭を掻きながらも、不器用に笑った。
「でも……私のこと守ってくれたんでしょ? だから、嬉しかったよ」
みさの言葉に、久里鬼は頬を赤らめ、視線を逸らした。
―
だが、朱雀会の名を出した下っ端を潰したことで、事態は大きく動き出す。
その日の夜。
朱雀会の本拠に戻った下っ端は、頭――吉田“インテリ”に報告していた。
「す、すみません……! 朱雀会の名前を出したら、双天鬼の久里鬼にやられて……!」
吉田はメガネの奥で目を細め、冷たく笑った。
「……なるほど。双天鬼が街に首を突っ込んできたってわけか」
静かに指を鳴らす。
「面白ぇ。なら――迎えてやろうじゃねぇか」
朱雀会と双天鬼の抗争の幕が、今、上がろうとしていた。
夏のプールでの小さな衝突。
だがそれは、朱雀会を動かすには十分な火種だった。
街の抗争に足を踏み入れた双天鬼。
次なる敵は――インテリ吉田率いる朱雀会。




