第十七話 期末テスト
嵐ヶ丘高校に夏休み前の静かな空気が流れていた。
だが、不良と呼ばれる連中にも避けられない試練がある。
――期末テスト。
拳で名を馳せる双天鬼にも、学園生活の一幕は訪れる。
期末テスト一週間前。
久里鬼は授業中、机に突っ伏して盛大にイビキをかいていた。
先生のチョークが黒板を叩き、クラス全員が笑う。
「おい久里鬼! 寝るな! このままじゃ赤点だぞ!」
「うっせぇ……数字とか記号とか、全部ゴチャゴチャしてわかんねぇんだよ……」
久里鬼は頭を掻きむしりながら机に突っ伏した。
そんな様子を横目で見ていた鷹鬼は、放課後に声をかける。
「おい久里鬼。明日から補習免れたいなら、少しは勉強しろ」
「いや俺、無理だって! 文字見るだけで頭痛ぇんだ!」
だが鷹鬼はため息をつき、ノートを取り出す。
「仕方ねぇな。俺が教えてやる」
―
二人は放課後の教室に残り、机を並べた。
窓の外は茜色。
鷹鬼は淡々とノートに数式を書き込みながら、説明を始める。
「この問題は公式を覚えれば簡単だ。三角関数は図に置き換えれば見える」
「……は? おい、何語喋ってんだ?」
「いいからここを見ろ。角度はここで区切ればパズルだ」
鷹鬼の指がノートに走る。
久里鬼は最初こそ混乱していたが、徐々に理解が追いついていく。
「お、おお……なんか分かってきたぞ! 角度がパズル……! お前、分かりやすいな!」
「当たり前だ。勉強はコツさえ掴めば簡単だ」
その言葉は冷静だったが、久里鬼にはどこか誇り高い響きに聞こえた。
―
数時間後。
久里鬼は問題集を解きながら叫んだ。
「できたっ! できたぞ鷹鬼! 答え合ってるか!?」
「……あぁ、正解だ」
「うおおおっ! 俺が数字を倒したぁぁ!」
教室に久里鬼の雄叫びが響き、廊下の生徒たちが振り返る。
「アイツ……勉強で叫んでるぞ」
「双天鬼って……意外と普通だな」
鷹鬼は苦笑しながらも、どこか満足そうに頷いた。
―
その夜。
久里鬼がふと問いかける。
「なぁ、鷹鬼……お前、頭良すぎねぇか? なんで嵐ヶ丘なんかに来たんだよ」
鷹鬼は一瞬だけ黙り、窓の外に視線を向けた。
夜風に髪を揺らしながら、低く答える。
「……行こうと思えば、県内トップの進学校に行けた。だが……ここに来たのは理由がある」
「理由?」
「……お前にはいずれ話す」
久里鬼は訝しげに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
「ふーん……ま、俺はどこにいようが構わねぇ。お前がいりゃ、それでいい」
鷹鬼は薄く笑みを浮かべた。
――その背中には、まだ語られていない過去の影が静かに潜んでいた。
―
数日後の期末テスト。
久里鬼は汗をかきながら問題に向かい、鷹鬼の教えを必死に思い出す。
「えっと……パズルだ、パズル……角度を区切れば……!」
時間ギリギリで書き込んだ答えに、ガッツポーズを決める。
試験後の教室で、鷹鬼が小さく頷いた。
「……ギリギリで赤点は免れたな」
「やったぁぁぁ! これで夏休みが来る!」
教室は笑いに包まれた。
双天鬼はただの不良ではない。
そこに確かに、普通の高校生としての一面があった。
夏休み前の期末テスト。
久里鬼の不器用さと、鷹鬼の意外な知性。
そして彼が嵐ヶ丘を選んだ理由には、まだ語られていない過去があった。
だがその素顔は、ただの不良では終わらない。
彼らの歩みは、抗争の炎と青春の影を同時に背負いながら進んでいく。




