第十六話 街の勢力図
嵐ヶ丘高校の頂点に立った双天鬼。
だが彼らの目の前に広がる街は、もっと荒れ狂う修羅場だった。
その闇を知るのは――かつて鷹鬼に完膚なきまでに叩きのめされた、辻。
今、彼の口から語られる街の勢力図は、嵐ヶ丘の抗争をさらに拡大させる。
夜、ダーツバー「アンジュ」の奥のボックス席。
鷹鬼と久里鬼、その両脇には双天鬼に敗れた松浦と辻が腰を下ろしていた。
テーブルには酒ではなくコーラとポテト。
だがその空気は、戦の前夜のように重かった。
辻はおそるおそる、一枚の手書きの地図を広げた。
「……正直言うと、俺もここまで深ぇ話はしたくなかったんだ。
けど……双天鬼が動くなら、絶対に避けられねぇ現実だ」
地図には赤い線で区切られた区域が描かれている。
それは嵐ヶ丘の外――街を六分する不良チームの支配領域だった。
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「まず北の駅前――《朱雀会》。
頭は吉田。通称“インテリ”。
長身でメガネをかけたスマートな男だが、頭の回転が速くて喧嘩も強い。
ただ暴れるんじゃなく、策略を練って勝ち続けるタイプだ。
今の族連中じゃ一番頭を使う奴で、油断するとハメられる」
鷹鬼は無言で頷く。
インテリという言葉に、彼の中の警戒心が一段強まった。
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「次に西の商店街――《獅凰連合》。
ここを仕切ってるのが二井。通称“モンキー”。
背は低ぇし、見た目は天然パーマでチンケに見えるが……とにかく卑怯な手を使う。
武器でもなんでも持ち出すし、相手の目を潰すことすら平気だ。
正面からぶつかると油断した瞬間にやられる」
久里鬼が鼻を鳴らす。
「卑怯者か。だったら俺の拳で正面からぶっ潰す」
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「南の広大な区域――《黒天会》。
ここの頭は山田。通称“リック”。
相撲取りみたいな体で、実際学生相撲のチャンピオンだった。
どんな攻撃も効かねぇ鉄壁の肉体で、正面から倒せた奴はいない。
シマの広さと人数も桁違いだ」
松浦が顔をしかめた。
「相撲取り……力自慢か。俺の蹴りも通じるかどうか……」
―
辻はコーラを一口飲み、息を整えた。
「それから――《狂極連合》。
ここは硬派を気取ってるが、喧嘩の腕は本物だ。
頭は中谷。通称“ファクトリー”。
細身の身体に癖のある髪、常にウインナーパンをかじってやがる変態だが、喧嘩の腕は超一流。
あいつは戦い方が独特で、相手を徹底的に追い詰めていく。……正直、かなり不気味だ」
久里鬼が呟く。
「ウインナーパンか……」
―
「東側の歓楽街――《ブラッディローズ》。
女を従えて、卑怯なやり口でシマを広げてる連中だ。
頭は藤崎。通称“ギャッツ”。
デカくて太ってるが、喧嘩の腕は抜群。
巨体からは想像できない速さで殴りかかってくる。
しかも女を使った罠や取引を平気でやるから、まっとうに勝負しようとすると痛い目を見る」
久里鬼が歯を食いしばり、拳を鳴らした。
「女を利用する奴は許せねぇ」
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辻は最後に声を落とし、震える指で地図の中央に黒い丸を描いた。
「……そして、街で最も極悪非道な奴ら――《ヘルズエンジェル》。
奴らは規模も数も桁違いだ。暴走、薬、女……なんでもありの外道集団。
その頭が白武。通称“ブラックレター”。
スキンヘッドの巨体で、女を見るとすぐ欲情する最低の獣だ。
噂じゃ、この辺りの可愛い子を狙ってるらしい……。
みささんなんか危ねぇかもよ」
その言葉に、久里鬼の拳がテーブルを叩き割りそうな勢いで握りしめられた。
鷹鬼は横目でその相棒を見ながら、低く言った。
「つまり、俺たちの戦いは……まだ始まったばかりってことだな」
松浦は唾を飲み込みながらも強気に言った。
「俺も一緒にやります! 街の奴らに、双天鬼の名を刻みつけましょう!」
辻は肩をすくめながらも、必死に頷いた。
「怖ぇよ……怖ぇけど、俺もついていく。俺の情報が必ず役立つはずだ」
久里鬼が豪快に笑った。
「いいじゃねぇか。学校だけじゃ飽き足らねぇ。街全体まとめて潰してやろうぜ!」
鷹鬼は微かに笑みを浮かべた。
朱雀会、獅凰連合、黒天会、狂極連合、ブラッディローズ、そして最強のヘルズエンジェル。
街の勢力図は、血と暴力と欲望で塗り固められていた。
双天鬼が歩を進めれば、必ず衝突が待つ。
だが二人は恐れなかった。
鬼は二つ。
その歩みが、街全体を巻き込む嵐を呼び込もうとしていた。




