第十四話 怒りの逆襲
相棒・鷹鬼が卑劣な罠に沈められた。
その報せを聞いた久里鬼の胸の内に燃え上がったのは、悲しみではなく――怒りだった。
仲間を侮辱した者を決して許さない。
力の鬼は、炎のごとき激情を拳に宿し、嵐ヶ丘の王へと挑む。
夕暮れの嵐ヶ丘。
廊下に轟く怒声が、学校全体を震わせた。
「菅野ォォォ! 出てこいやぁぁ!」
久里鬼の咆哮に、生徒たちは息を呑み、教室の窓から覗き込む。
「やべぇ……久里鬼が単身で三年の溜まり場に……!」
「無茶だ、鷹鬼ですらやられたんだぞ!」
三年の教室の扉がガラリと開き、十数人の不良が雪崩れ出る。
「一年が調子乗るな!」
「囲め! 叩き潰せ!」
だが久里鬼は一歩も退かなかった。
その目は炎のように燃え、拳は今にも爆ぜそうに握られていた。
最初の一人が拳を繰り出す。
久里鬼はそれを真正面から受け、逆に渾身の拳で相手の顎を粉砕した。
「ぐあっ!」男は崩れ落ちる。
二人目がバットを振り下ろす。
久里鬼は腕で受け止め、そのままバットをへし折って男の顔面に叩き込んだ。
「てめぇらじゃ話にならねぇ!」
三人、四人と群がる。
背中を蹴られ、頬を殴られる。
だが久里鬼は怯まない。
「そんなもん……効くかぁぁぁ!」
殴られるたびに前進し、血を滴らせながらも拳を振るい続ける。
殴り倒し、蹴り飛ばし、踏み込むたびに雑魚は薙ぎ倒され、廊下は修羅場と化した。
「止まんねぇ……! あいつ止まんねぇぞ!」
恐怖に震える声があちこちから漏れる。
やがて久里鬼は、ついに教室の奥で悠然と腕を組む菅野の前に辿り着いた。
床には呻く三年生たちが転がり、残されたのはただ二人。
「……鷹鬼をやったのは、てめぇだな」
久里鬼の声は低く、怒りで震えていた。
菅野はゆっくりと立ち上がり、冷笑を浮かべる。
「だからどうした? 一年の分際で俺に勝てると思ってんのか」
「勝てるかどうかじゃねぇ……勝つんだよッ!」
菅野は迎撃の姿勢をとる。
「バカが......まっすぐ向かってきやがった......」
久里鬼は全身の力を拳に込め、菅野の懐に飛び込んだ。
「なにっ!......速いっ......!」
菅野は咄嗟に防ごうとするが遅かった。
ドゴォォッ!!
轟音と共に菅野の体が宙に浮き、背後の壁に叩きつけられる。
壁がひび割れ、教室全体が震えた。
「う、ぐっ……!」
菅野は呻き声を上げ、崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
誰も声を出せなかった。
三年の王が、一撃で沈んだのだ。
久里鬼は荒い息を吐き、菅野を睨み下ろした。
「後ろから大勢で襲って鷹鬼に勝った気になってんじゃねぇ……」
その声は怒りに満ち、しかし誇りを背負っていた。
「あいつが本気出せば、俺より強ぇんだ。……俺に負けたお前は、あいつより下だ」
その言葉を吐き捨て、久里鬼は背を向けた。
取り巻きたちは震えながら道を開け、誰一人として声を上げられなかった。
ただその背中を見送ることしかできなかった。
―
病院。
ベッドに横たわる鷹鬼の横に、血まみれの久里鬼が立つ。
「……菅野、沈めてきた」
鷹鬼は薄く目を開け、かすかに笑った。
「……相変わらず、豪快だな」
言葉はそれだけだった。
だがその沈黙に、互いの信頼と絆が確かに刻まれていた。
卑劣な罠で鷹鬼を沈めた菅野。
だがその報いは、久里鬼の怒りの拳によって返された。
嵐ヶ丘高校に轟く双天鬼の名は、恐怖と畏敬をもって広まり、校内の空気は一変する。
だが――戦いはまだ終わらない。
菅野の失墜が新たな抗争を呼び、二人をさらなる嵐へと引き込んでいくのだった。




