第十三話 不意打ち
嵐ヶ丘高校で絶大な存在感を示す《双天鬼》。
しかしその名声は、現トップである菅野にとっては目障りでしかなかった。
正面から勝負するのではなく、彼が選んだのは卑劣な罠。
片割れを不意に叩き潰し、双天鬼の力を削ぐことだった。
夕暮れの校舎裏。
空は朱に染まり、長い影が路地を覆っていた。
鷹鬼は一人、無言で歩いていた。
肩には学生鞄、ポケットに片手。
その足取りは落ち着いていたが、彼の背後を狙う影が潜んでいることに気づくのは、ほんの一瞬遅かった。
ガンッ――!
金属が肉を打ち抜く鈍い音。
背中に走った激痛に、鷹鬼の身体が前につんのめった。
「……ッ!」
すぐさま体勢を立て直し、振り返る。
そこには冷酷な笑みを浮かべる菅野。
その後ろに十数人の三年生がずらりと並び、嘲笑を浮かべていた。
「調子に乗りすぎなんだよ、お前ら《双天鬼》は」
菅野の低い声が路地に響く。
鷹鬼は背中の痛みに顔を歪めながらも、目だけは鋭く光らせた。
「卑怯だな……正面からは来ないのか」
「勝てばいい。それがこの世界だ」
菅野の声に、取り巻きが一斉に笑う。
鷹鬼は大きく息を吸い、構えを取った。
「……俺はまだ倒れてねぇ」
―
次の瞬間、鷹鬼が爆発的に動いた。
前に飛び出し、最前列の一人を回し蹴りで吹き飛ばす。
反転して肘で顎を砕き、拳で別の男の鳩尾を撃ち抜く。
「ぐあっ!」
「うおおっ!」
二人三人と倒れていくが、それでも次々と敵は押し寄せる。
拳が頬を打ち、バットが肩を叩き、背中に蹴りが突き刺さる。
それでも鷹鬼は止まらなかった。
「数で勝った気になるなよ!」
叫びながら、彼はなおも蹴りで敵を薙ぎ払い、拳で壁に叩きつけた。
だが――数は圧倒的だった。
十数人の拳と蹴り、そして何本ものバット。
いくら速さの鬼といえども、疲弊は避けられなかった。
ついに膝が地面に触れる。
息が荒く、視界が揺れる。
「はぁ……はぁ……クソッ……」
そのとき、菅野がゆっくりと歩み出た。
「やはり強ぇな。だが、ここまでだ」
ガンッ!
バットが側頭部を打ち抜き、視界が白くはじけ飛ぶ。
地面に叩きつけられた衝撃で、鷹鬼の意識が薄れていく。
「結局は一年。俺のやり方の前じゃ意味ねぇ」
菅野は吐き捨てると、背を向けた。
取り巻きたちは勝ち誇ったように笑いながら後に続く。
路地に残されたのは、血を流して横たわる鷹鬼の姿だけだった。
夜風が吹き抜け、彼の髪を揺らす。
遠くで部活動の掛け声がまだ響いていたが、それはもう彼には届いていなかった。
卑劣な不意打ちによって、鷹鬼は数に押し潰された。
嵐ヶ丘に広まった噂は「双天鬼は終わった」というもの。
しかし、もう一人の鬼――久里鬼はその報せを聞き、烈火のごとき怒りを燃やす。
やがて嵐ヶ丘に轟くのは、豪快な怒声。
久里鬼の逆襲が始まろうとしていた。




