はじめまーす
「おわりまーす」またよく通る声だ。
なんだかママの雰囲気が違う。
「次の話」
ママがうなだれたままAに手を向けて促す。
Aは戸惑いながらも七話目を語り出した。
語りの途中で人の話し声が聞こえていた。
周りには誰もいないのに、ヒソヒソと何人かが話している。動揺するAにママが「続けて続けて」と言う。
圧はさっきよりも増して、まるで大勢に取り囲まれているようだ。
これはまずい。今止めないと、とAは思ったが、止めることが出来ない。
七話目が終わると目の前のショットグラスに目がいった。
これを飲んだら八話目が始まる。飲んではいけない。
そう思っても、手は勝手に伸びてショットグラスを口許に運んだ。
飲みたくないのにAは一息でグラスを空にした。
Aは考えた。
そもそもこの怪談は、水を使って霊を呼ぶ。その水を流すから霊はいつまでも留まらない。
それなのに自分たちは、その水を体の中に、つまりこの場に延々と溜めているではないか。
そう考えたらどっと汗が噴き出た。
「八話目。はじめまーす」
よく通る声でママが言う。
そのときAは気がついた。
さっきの声も今の声もママの声じゃない。
じゃあ誰だ?自分が今まで聞いたこともない声だ。
Aは恐怖で震えだした。同時に眼鏡が曇るほどに室内の温度が低くなっていることに気がついた。