二人だけの怪談
ママの語る怪談は妙にリアリティーがあり背筋がぶるっときたそうだ。
一話目を語り終えたママは「いただきます」とAに言うと一杯目の酒を飲み干した。
次はAが話し、語り終えたら自分の前に並べられたショットグラスを一つ手に取り飲み干した。
こうして好きなママと二人きりで飲める自分はついてるとAは内心でほくそ笑んだ。
二人で雑談を交えながら二話目を終えた。
Aはこのまま誰も来ないことを願いながら、三話目を終えて飲み干すと、開け放たれたドアの外からエレベーターが止まって扉が開く音がした。
二人きりの時間も終わりかとAは内心ガッカリした。
しかし、店には誰も入ってこない。
他の店に行ったのかと思ったが、Aが来たときこの階の店はBAR以外全て閉まっていたし、誰かが来て開店した気配もない。
試しに廊下に出てみると、誰もいず、店も開いているのはBARだけだった。
「きっとお目当ての店が閉まってたから降りずに帰ったんじゃない?」
ママが言うとAはなるほどと納得した。普通にありえることだからだ。
気を取り直して怪談を再開する。
四話目を二人が語り終えたときにAは冷房が寒すぎると感じた。
ママは温度を25度から28度に上げた。
「熱くなったら言ってね」
Aがうなずくと怪談は五話目に入った。
「もしかしてさっきの、早速幽霊が来たのかもね」
冗談めかして言いながら、五話目を語り終えたママが酒をあおった。
「またまた」と笑うAだが、背筋がゾクゾクしていた。室内の温度はいっこうに上がる感じがしない。むしろどんどん寒くなってるように感じる。
ママの手元にあるリモコンを見ると設定は28度になっている。
エアコンの故障ではないかとママに言うと、しばらく送風にすることにした。
因みにママはAのように寒いとかはないようだ。
「風邪でもひいたかな?だとしたら早く帰らないとまずいか。せっかく二人きりなのに残念」と、Aは考えた。
早目に切り上げようとAが五話目を語り終えたとき、またもエレベーターの扉が開いた。
しかし誰も来ない。
来ないのだがいつの間にか圧を感じる。
カウンターの後ろの四人がけのテーブルにも人の気配がした。
周りを見ても店内にはAとママしかいない。
しかし、人がいる気配や圧はとなりの椅子からも感じる。
しかしママはなにも感じてないようだ。
これは熱でも出てきたかとAは思い、早く怪談を切り上げようと思った。
六話目を二人が終えた頃にママが「なんか全然だけど、本当に終わったら霊が来るのかな?」と、首を傾げる。
そして「雰囲気出して行こうかな」と、うなだれて「はじめまーす」と、怪談には似つかわしくないよく通る声で言った。
直後にAはママをじっと見た。
ママはなにかを話しているが、それが聞こえない。
さっきのよく通る声とは対照的に、うなだれてボソボソと話している。
髪が垂れて頬にかかって見えにくいが、笑っているのだろうか?口許の端がわずかに上がっているところがかろうじて見えた。