第7話 閉ざされた記憶、夜にほどける
魔瘴の浄化から一日。
村の人々は少しずつ元の暮らしを取り戻し始めていた。
子どもたちの笑い声が戻り、畑にはようやく太陽の光が届きはじめていた。
私は、村の薬師さんから分けてもらった薬草を抱えて宿舎に戻る途中だった。
すると――
「――ありがとう、聖女様。助けてくれて」
声をかけてくれたのは、小さな女の子。
手には、小さな花の冠を持っていた。
「これ、作ったの。お礼に、あげるね」
「わぁ……ありがとう、すっごく嬉しい!」
ふわっと心が温かくなる。
私、本当にここに来てよかったんだ――。
そう思えたのは、たぶん、初めてだった。
◇ ◇ ◇
その夜、エルネストと一緒に焚き火を囲んだ。
宿舎の裏庭。誰もいない静かな場所で、炎のはぜる音だけが響く。
「……今日は珍しく穏やかな顔してますね」
「君が笑っていると、場が穏やかになる。そういうものだ」
「それ、さらっと言えるのすごいと思う……」
「思ったことを言っただけだ。……不思議だな。昔は、誰かとこんなふうに話すなんて想像できなかった」
彼の声が、どこか遠くを見ていた。
私はそっと問いかける。
「……昔って、どんな感じだったんですか?」
少しの沈黙。
そして、彼はゆっくりと語り始めた。
「……幼いころ、俺の力は“異質”だった。周囲の者は皆、距離を置いた。父王でさえ、俺に触れることを避けていた」
焚き火の炎が、静かに揺れる。
「孤独だった。でも、それが“当然”だと思っていた。心を閉ざせば、誰も傷つけずに済むと」
「……でも、それってすごく……さびしいことだよ」
「そうかもしれない。だが……君に出会って、初めて考えた。もし、“心を開いてもいい相手”がいるなら、世界は変わるのかもしれないと」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
私は、彼にとって――そんな存在に、なれているのだろうか。
「エルネスト。……私、あなたのこと、もっと知りたい」
言葉にした瞬間、彼の目がわずかに見開かれた。
「……君はいつも、まっすぐだな」
「だって、まわりくどいの、苦手なんです」
彼がふっと笑う。
その笑顔は、焚き火の光よりもあたたかくて――私は、つい目を逸らせなかった。
◇ ◇ ◇
その頃――
王都・城の最奥。
黒いローブを纏った男が、ひとり、魔石を覗き込んでいた。
「……魂の契約、成功したか。だが“あの女”の力は、まだ覚醒していない」
淡く揺れる魔石の中には、ちひろの姿。
「“心”が深く結ばれたとき、聖女は真の力を解放する。……ならば、壊せばいい」
「王太子エルネストと、“その女”の関係を」
男の手が魔石に触れた瞬間、紫色の魔の気配が広がる。
「次の一手を打つとしよう。“彼女の過去”――そして“消えた記憶”を、差し込む形で」
冷たい笑い声が、石室に響いた。
◇ ◇ ◇
――翌朝。
私は、ひどく冷たい夢を見た。
夢の中、私は知らない誰かの名前を呼んでいた。
「……アオイ……?」
誰? その名前――
目を覚ました瞬間、胸の奥が妙にざわついた。
それは、私の“本当の記憶”に関係するものだったのかもしれない。
そしてその気配は、静かに――確かに、“何か”が近づいていることを告げていた。