第6話 はじめての共闘は、手を繋いだままで
魔瘴が晴れかけたその瞬間――
黒い影たちは、何の前触れもなく、襲いかかってきた。
「下がれ!」
エルネストが咄嗟に剣を振るい、前へ出る。
その一撃で一体を薙ぎ払うと、瘴気が破裂するように散っていく。
「魔人は“実体”がない分、魔力による斬撃でしか倒せない。君は無理に動くな!」
「でも、結界はまだ張ったままでいいですよね!?」
「……ああ、その光は奴らを削る!」
なら――私にできることは、まだある!
震える手を、強く握りしめる。
彼の背中に意識を集中して、少しでも魔力を送り続ける。
「“あなたがいるから、怖くない”って……信じてるから!」
まるでその声が届いたかのように、彼の動きが鋭くなる。
斬撃。回転。再び斬撃――。
エルネストの剣の軌道は、まるで踊るようだった。
冷酷王太子、と呼ばれているとは思えないほどの力強さと優雅さ。
でも、敵は一体だけじゃない。
魔人は数を増し、空気の色さえ濁らせていく。
「まずい……!」
私の体から、魔力が溢れていく。
熱くなって、膨張して、制御が効かない。
“感情が揺れると、力も暴走する”――
昨日読んだ魔導書の警告が脳裏をかすめた。
「ちひろ、落ち着け!」
エルネストが振り返ったときには、すでに光が暴れはじめていた。
「わ、わたし、止まらない、これ――っ!」
そのとき――彼が駆け寄ってきて、私の両手をぎゅっと包んだ。
「落ち着け。俺が、ここにいる」
その言葉は、どんな魔法よりも強かった。
彼の手の温度が、心の奥にしみ込んでくる。
呼吸が整って、魔力の暴走も、ゆっくり鎮まっていった。
「……ごめん、私、また迷惑かけて」
「謝るな。君は俺の契約者だ」
「でも、怖かった……っ」
「……そうか」
言葉少なに、彼はそっと私の額に手を添えた。
「なら、俺の魔力を分ける。落ち着け。深呼吸して」
ゆっくり、ゆっくり。
呼吸を合わせる。
そして、ふたりの間に、再び魔法陣が浮かび上がった。
「いくぞ。いまから“ふたり”で、敵を焼き払う」
◇ ◇ ◇
そのとき、私の中で何かが変わった気がした。
魔力の流れが、いつもより自然に、そして心地よく感じられた。
エルネストの魔力と、私の魔力が、きれいに重なって――
「《浄化結界・双輪》!」
ふたりの声が重なった。
空に浮かんだ光の円が、爆ぜるように広がり、すべての影を包み込む。
まるで月のようなその輝きは、魔人たちを浄化し、瘴気をすべて消し去った。
空が、晴れた。
あんなに重苦しかった空気が、嘘のように澄んでいく。
「……やった……?」
「……ああ。君のおかげだ」
そう言って、エルネストは、ほんの少しだけ笑った。
でもその表情は――まるで誇らしげだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
宿舎のベランダから、私は夜空を眺めていた。
ふいに、背後から誰かがそっと近づいてきて、カーディガンを肩にかけてくれる。
「風が冷たい。風邪をひくな」
「ありがとう、エルネスト」
「……君は、思っていたよりずっと強い。俺が言うのもなんだが、少し見直した」
「“見直した”って、最初の評価どれだけ低かったんですか!」
「冗談だ」
「それ絶対本音だー!」
私が笑いながら肩をすくめると、彼は静かに月を見上げた。
「こうして、君と同じ空を見られるとは思わなかった。あの日、君を“選んだ”のは、間違いじゃなかった」
その言葉に、胸が、きゅうっとなった。
「……私も、あなたでよかったと思ってます」
「……なら、もう少しだけ、そばにいてくれ」
その夜、私たちの距離はまたひとつ、近づいた。
けれどまだ、恋とは呼べない。
これは、少しずつ“愛に近づく”物語。