第5話 あなたを守りたい理由なんて、もう充分でしょ?
王都・南部、魔瘴の発生。
それはただの自然災害ではない。
魔の力に侵された土地が生み出す“異常”であり、人の心さえも蝕む災厄。
「……やはり、これはただの濃度上昇ではない」
エルネストが地図を前にして、眉間に皺を寄せた。
「この魔瘴、人工的に“引き寄せられてる”ようにしか思えない」
「誰かが、意図的に?」
「可能性はある。目的は不明だが――聖女である君を狙って、という線は十分あり得る」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
私の存在が、この世界で“不自然”であることは分かってた。
でも、誰かが私の力を欲して、仕掛けてくるようになるなんて――
「……でも、行くんですよね。現地へ」
「当然だ。王太子として、国を守る責務がある」
「じゃあ、私も行きます」
その言葉に、エルネストの目がわずかに揺れた。
「君が傷つく可能性もある。それでも?」
「うん。だって……あなたがそこにいるなら、私もそこにいたい」
小さな声で言ったつもりだったけど、たぶん全部、届いてしまった。
エルネストは静かに私を見つめて、少しだけ、口元を緩めた。
「……分かった。だが、絶対に俺の傍を離れるな」
◇ ◇ ◇
翌日、私たちは少数の近衛とともに南部の村へ向かった。
道中、馬車の中でエルネストが教えてくれたのは、魔瘴に対する“聖女の結界”という技法だった。
「君の魔力は強い。だが未熟だ。感情が乱れれば、結界は崩れる。だからこそ、俺が“核”になる」
「核……って、精神的な支え?」
「そうだ。“信頼”が鍵になる」
そう言ったときの彼の瞳は、以前よりずっと、温かかった。
「じゃあ……信頼してます。めちゃくちゃ」
「……ならば、俺も君を信じよう」
◇ ◇ ◇
現地は、想像以上に深刻だった。
空気が重い。
地面は紫がかった瘴気に覆われ、植物は枯れ、人々の顔は疲れと不安に沈んでいた。
「……私、本当にここで役に立てるのかな」
不安に駆られ、肩が震えたとき。
そっと、エルネストの手が私の肩に触れた。
「君がいるだけで、人々は希望を見る。力だけが聖女の役目ではない」
「……あなたって、たまにすごく優しいですね」
「たまに、ではなく常にだ」
「いやいや、初対面のとき冷血っぷり全開でしたからね!?」
「それは……訓練の結果だ」
「なんの訓練ですか!? 人の心をへし折る訓練!?」
思わずツッコんだ私に、彼はふっと笑った。
この旅に出てから、彼が笑う回数が増えた気がする。
それだけで、心が少しだけ軽くなった。
◇ ◇ ◇
結界の儀式は、村の中心――瘴気の源とされる場所で行われた。
私は彼と手をつなぎ、魔導陣の中心に立った。
「目を閉じろ。意識を、俺に預けて」
「……うん」
深く呼吸をして、心を整える。
彼の手のぬくもりだけが、心を支えてくれる。
魔力が溢れていく。
身体の内側から、光が満ちていく感覚。
「……聖女の力、発動確認。安定している。いける!」
側にいた騎士の声と同時に、私たちを包む光が、瘴気をゆっくりと浄化していく。
――そのときだった。
「やはり来たか、“異邦の聖女”」
空気が変わった。
突如として、周囲に黒い影が立ち上がる。
人の形をしているのに、顔がない。
「……魔人か。聖女の力に引き寄せられたな」
エルネストが私の前に立ち、剣を抜いた。
「君は下がれ。俺が片をつける」
「だめ。これは、私のせいで起こったこと。私にも戦わせて」
エルネストの背中を、私はそっと掴んだ。
「私、あなたを守りたいんです。理由なんて、もう充分でしょう?」
その瞬間、彼の瞳が揺れた。
「……本当に、君は強くなったな」
彼の言葉が、戦いの前に、胸に沁みた。
──そして、私たちの“本当の運命”が、動き出した。