第2話 婚礼前夜、そして氷の秘密
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翌朝。
私は、王城の中でもひときわ立派な塔の一室で、豪華なドレスを着せられていた。
「聖女様、肩のラインをもう少し……ああ、素敵ですわ」
「ドレスの裾は、もう二センチだけ調整を。王太子殿下との並びがございますから」
メイドさんたちの手によって、まるで人形のように扱われながら、私は鏡の前で固まっていた。
──結婚式、っていうか、契約の儀式って、こんなガチだったの……?
ふわふわの純白ドレス。
宝石のついたティアラ。
煌びやかな室内と、やけにキラキラした周囲の視線。
でも、私の隣に立つ彼の表情は、相変わらず氷のように冷たい。
エルネスト・ライネルト王太子。
「君は、最後までそのまま黙っていればいい」
それが、彼の開口一番の言葉だった。
……いや、なんか、もっとこう……あるでしょ?
褒めるとか、安心させるとか!
「そういう言い方、ちょっとくらいマイルドにできません?」
そう言うと、彼は一瞬だけまばたきをした。
その表情はまるで、「そんなことを言われるとは思っていなかった」とでも言いたげで。
「……君は、言葉を重んじるのだな」
「まあ、感情は言葉から伝わると思ってるんで」
そう口を尖らせると、彼は小さく、ほんの小さく息をついた。
「なら、今の君に一つだけ言おう」
彼は静かに、でも確かに私を見つめた。
「……綺麗だ」
時が、止まった。
「な、なななななな、なにっ……!? えっ、それ、今の、どのテンションで!?」
「言葉が大事なのだろう? だから言っただけだ」
平然とした顔。
だけど、ほんの一瞬だけ彼の耳の先が赤くなったように見えたのは──気のせいだろうか。
◇ ◇ ◇
契約の儀式は、夕暮れ時に行われた。
大広間の中心、聖なる円陣の上。
魔法陣が淡く光り、周囲には王族や高官らしい人々が静かに見守っている。
その中で、私は彼の手を取り、誓いの言葉を口にした。
「魂を結び、運命を共にすることを、誓います」
彼も同じように、私に手を重ねて言った。
「王家の血と、聖女の力が一つとなることを、ここに誓う」
魔法陣が眩く輝き、私たちの指先に、同じ紋章が浮かび上がった。
それは、まるでおそろいのタトゥーのようで、だけど確かに「縛り」を意味していた。
式が終わったあと、私は疲れてベッドに倒れ込んだ。
身体が重い。
けれど、頭の中はぐるぐると回っていた。
──これで、私は彼と繋がった。命まで。
まだ恋でもない。
でも、確かに彼の瞳の奥に見えた「何か」が、胸から離れなかった。
そしてその夜。
ふと、部屋の扉が静かに開く音がした。
「……王太子殿下……?」
そこには、式のときとは打って変わって、ラフなシャツ姿のエルネストが立っていた。
「眠れないのか?」
「……まぁ、ちょっと」
彼は静かに部屋へ入ってきて、窓辺の椅子に腰かけた。
「この契約は、俺にとっても初めてのことだ。君に無理をさせたことを、詫びようと思った」
「えっ、今の……謝罪ですか?」
「……慣れていないんだ。人との“距離”というものに」
その言葉に、私は少し驚いた。
そして少しだけ、彼が遠くを見つめるように言った。
「かつて、俺が心を開いた者がいた。だが、その者は……俺の力を恐れ、離れていった」
「力を……?」
「王族として生まれた者は、生まれながらに魔を従える力を持つ。だが俺の力は“制御不能”だと、父王にさえ言われた。──それでも、君は俺の手を取った」
私は、言葉に詰まった。
この人は──最初から、孤独だったんだ。
冷たいのではなく、冷たく“見せるしかなかった”。
「……じゃあ、これから慣れていきましょうよ。少しずつ、ゆっくり」
私がそう言うと、彼は一度だけ目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「……君は、不思議な人だ」
そしてそのまま、彼は静かに部屋を後にした。
閉じられた扉の向こう。
私は、胸の奥がほのかに温かくなっているのを感じていた。
この“契約”の意味が、ただの儀式じゃなくなっていく。
そんな予感を、確かに感じながら。