ちょっとした願いが叶ってな
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
毎度のごとく目覚ましが叫んでいるが、今日はすっと目覚めた。
昨日の昼にたっぷりと寝たからだろう。
頭痛も嘘だったようになくなっており、珍しく爽やかな朝だった。
やっぱり睡眠って大事なんだなとしみじみ思う。
ときにさっきから非常に気になることが一つ。
頭に妙な感覚がある。なんかフワフワとてるっていうか……。
一体なんだ?
洗面所に行き、鏡に映った俺を目を凝らして見る。
すると見るも無残な寝癖がついていた。
「すっげえ寝癖だな、おい。なんだこれ?」
人の印象は髪の毛で変わるというのも納得だった。
今の俺の頭は、実験に失敗したアニメの化学者のような代物である。
流石にこれを放置したまま学校には行けない。
これでは歩くだけで、いい晒し者である。
とても濡れタオルや霧吹きでは直りそうになかったので、仕方なく髪の毛だけシャワーで湯を浴びることにした。
せっかく目覚めのよい朝も髪の毛ひとつで台無しになってしまった。
急いでスクランブルエッグを作って口に放り込む。
ふと時計を見ると8時5分だった。
そろそろ、支度しないとまずい時間だな。
急いで歯磨きやら着替えやらを済ませて家を出た。
───学校の昇降口
下駄箱で靴を脱いでいると里佳さんがやってきた。
彼女はまだ眠たいのか、目が合ったがぼんやりとしていた。
「あ〜、おはようございます……」
「ああ、おはよう。なんか見るからに眠そうなんだが」
「ふぁい。ちょっと勉強してまして寝るのが遅くなりました……」
ちゃんと呂律が回っていなかった。
『ふぁい』という返事からして大丈夫なんだろうか?
かく言う俺もしっかりと寝たものの、何故か欠伸は勝手にでてくるもので。
彼女の目の前で大きな欠伸をしてしまった。
「裕樹さんも眠そうじゃないですか……」
「いや、俺の目覚めは実に爽やかだったぞ。昨日しっかり寝たおかげでな」
「あ、そう言えば体のほうは大丈夫ですか?」
「もうなんともない。もう元気ハツラツって感じだな」
「そうですか。良かったです」
フワッと微笑む里佳さん。
先ほどの眠気を全く感じさせず、見ているとホッとするような顔だった。
……。
……。
上履きを履いて教室までの廊下を2人で歩く。
やはり眠たいのか、里佳さんはポケーっとしていた。
「なあ。もしかして夜眠れなかったのって昼間に保健室で寝たからか?」
そう言うと彼女はちょっとだけ恥ずかしそうな顔になってしまった。
俺の前で寝コケてしまったのを思い出したのだろうか。
しまったな……。余計なことを訊いてしまったか。
「確かに今思うとその所為でもあるかもしれませんね」
「そいつはすまなかったな」
「いえ、いいですよ。今日の英語の訳を教えていただければ」
「…………」
案外ちゃっかりしてるんだよな、この人も。
ぼんやりしながらも頭の回転は健在な里佳さんだった。
教室に入って自分の席にカバンを置いた。
今日の用意をせっせと机の中に押し込んでいく。
「お、裕樹。今朝も千堂と仲良う登校とは見せつけるやないか」
既に教室にいたのか、一也が冷やかしてきた。
だが俺はそれをきれいさっぱりと無視して、黙々と教科書やノートを机に入れる。
朝から無駄な体力を使うのは避けたかった。
「おーい。流されたら寂しゅうなるって分かるやろ?」
「ああ。分かっているから流したんだ」
「裕樹。お前さん案外冷たい奴やな」
「朝から変なこと言うからだ」
「まだ9月やっちゅうのに、寒さが身に染みますな」
「え?カズッちって冷え性だったの?」
「いやな、裕樹がクール&ドライやから寒くなってきたんやわ」
「へぇ、クール&ドライねぇ。あたし暑がりだから来年の夏は裕樹君を横に置いとこっかな」
「おそらく余計に暑苦しくなるだけだと思う」
どこからともなく現れた紫苑さんは、ごく自然に俺たちの会話に参加していた。
何というか神出鬼没な人だ。
「あ、そうそう……」
何を思い出したのか、紫苑さんは制服のポケットに手を突っ込んでごそごそとしていた。
変なものが出てこなければいいのだが。
「ジャジャーン!ボウリングのタダ券!ちょうど4人までOKで3ゲームできるんだって」
「お、ボウリングか。ええやないか。たまにはマトモなもん持ってくるんやなー」
「ぷっちーん」
ご丁寧にも紫苑さんは擬音語を口にした。
その効果音から想像するに、彼女の中で何かがキレたらしい。
「カズッちの分は無しね」
「あああああ。すまんかった!俺が悪かったで許してくれ!」
「ふふーん。どうしよっかなー♪」
一也が弄られていた。
かわいそうに。女って怒らすとロクなことないな。
しかしまあ、あの2人は仲が良い。
これで付き合っていないというのだから不思議なもんだ。
「ホントですよね。不思議です」
「おわっ!」
「?」
急に話し掛けられたせいで一気に心拍数が上昇した。
心臓がバクバクしているのが自分でもわかる。
しかし、また思っていたことが声に出ていたのだろうか。
この癖は直さないとな。
「あ、里佳もボウリング行くよね?」
里佳さんの存在に気づいた紫苑さんは挨拶もなしに誘っていた。
「ボウリングですか?」
「うん。タダ券4人分ゲットしたんだよーん」
「いいですね。私も行きます」
「おっけー!決まりね。明日は休みだから、どっかで待ち合わせして行こっか」
「駅前でええんとちゃうか?ボウリング場も近いし」
「駅前って北の方のか?」
駅があるのは知っているものの、あの辺はまだ行ったことがなかった。
しかも俺は方向音痴なのだ。
流石に迷わないとは思うものの何だか不安だ。
「そっか。裕樹君は駅に行ったことがないのかぁ。なら、里佳と一緒に来れば良いんじゃない?」
「私と裕樹さんは家が近いですからね」
「ああ。でも、それじゃ俺たちはどこで待ち合わせるんだ?」
「私が裕樹さんの家まで行きましょうか?」
「ありがたいんだけど……いいのか?」
「まあ、方向的に近いですし。あ、一応アドレスは交換しておきましょうか。もしものことを考えて」
ポケットからケータイを取り出して、どうしますか?という顔をする里佳さん。
まあ、別にメアドぐらい交換してもいいかな。
今までにも、交換してきた人はそこそこいた。
しかし、転校してしまうと途端に連絡を取り合うことはなくなる。
最初のうちは続いても、時が経つにつれてメールの回数はどんどん減っていく。
それが辛かった。
でも、そんな思いはしなくてもよくなったんだ。
ならば、交換するのにためらう理由はない。
「OK。じゃあ、赤外線通信できるか?」
「はい。私の方から送りますね。準備はいいですか?」
「ああ。いつでもOKだ」
「では送ります───────送信できましたか?」
ディスプレイには『千堂里佳から受信しました。登録しますか?』と表示されていた。
どうやら受信に成功したらしい。『はい』を押して登録……と。
「うん、登録できた。じゃあ、そっちに電話番号だけ入れてメールするから」
「わかりました」
さっそくアドレス帳を開いてみると、サ行には『千堂里佳』という項目が追加されていた。
俺のケータイには何故かア行とカ行の名前は多いがサ行は全くなかった。
よって今、サ行は『千堂里佳』が独占していた。
選択してメール画面に入り、番号だけ入力して送信する。
すると、しばらくして里佳さんのケータイが震えだす。
「あ、来ました。では、私の方も登録しておきますね」
「裕樹君、あたしのもアドレス交換しようよ」
「あ、俺のも交換しよや」
『一之瀬紫苑』『大原一也』がアドレス帳に加わる。
件数が増えたは良いが、もともと多かったア行が2件も追加されてしまった。
───土曜日
俺はマンションの前で佇んでいる。
里佳さんと待ち合わせをしているのだが、どうにも気持ちが落ち着かない。
さっきから腕時計で時間ばかり確認している。
10時57分。
もうそろそろ彼女はやってくるだろう。
「裕樹さーん。すいません、待ちましたか?」
「いや、今来たところ」
一度でいいから言ってみたかったんだよな、このセリフ。
そんなささやかな願いが叶った今、妙な満足感を覚えた。
「〜♪」
「なんだか、ごきげんですね。何か良いことあったんですか?」
「ああ。ちょっとした願いが叶ってな」
改めて里佳さんを直視する。
当たり前だが、彼女は制服ではなく普段着。
決して派手ではないが、実に女の子らしい格好だった。
ボウリングを意識してか、スカートじゃないのは少し残念だが。
それでも十分可愛いんだから反則だよな。
「あ、あの……」
「うん?」
「えと……じっと見られると恥ずかしいといいますか……」
「あ、ご、ごめん。その……似合ってるよ」
「そ、そうですか?良かったです……」
やっぱり女の子は服装とか、結構気にするんだろうな。
まあ、お洒落に気を使うのは良いことだが、あまり行き過ぎたものは苦手だ。
どうもメイクの濃い人を見ると、ちょっとうんざりしてくる。
その点、里佳さんは実に俺好みだった。
「では、そろそろ行きますか」
「ああ。案内よろしく」
………
……
…
てくてく歩くこと約15分。
俺たちは駅周辺に到着した。
ここら一帯ではなかなか立派な駅であり、いろんな店が並んでいて活気がある。
カップルもちらほらいた。
俺と里佳さんも、こうして歩いているとカップルに見えるのだろうか。
彼女は一体どんな気持ちで俺の隣を歩いているのだろう?
「あ、きたきたー。おーい!こっちこっちー」
ぼんやり歩いていたら、いつの間にか目的地に着いたらしい。
といってもここが最終目的地ではないが。
それにしても、さっきから手を振りながらピョンピョン跳ねる紫苑さん。
周りの視線が気になるからやめてほしい。
ただでさえ美人だというのに、紫苑さんの私服もなかなか可愛い。
今時のスタイルとでも言うべきか。
まあ、こっちもスカートは穿いていないのだが。
それでも歩いているだけでモデルのスカウトが寄ってきそうな容姿なのだ。
そんなんだから通りすがりの人の視線も集めている。
「無事にたどり着けたんやな。もう道は覚えたんか?」
「ああ、覚えた。…………たぶん」
「最後の言葉がちょっと気になるけど、そんなことよりボウリング場にレッツゴー♪」




