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さっきはありがとうございました

「そういえば何年の方でしたか?」


「君と同じ2年生だけど」


「あ、そうなんですか。あれ?私、自分の学年言いました?」


「生徒手帳に書いてあった」


ちょっと意地悪に俺が言うと彼女は「うぅ」と言って、小さくなった。


「あ、そうそう。同学年なんだから敬語は止めにしない?」


「でも私、他の皆にも敬語使ってますよ?それだと荻野さんだけ特別になってしまいます」


そんなの嫌ですよ的なニュアンスを含んだ言葉にちょっぴり傷ついた。


「わかった。敬語はいいから、荻野さんっていうのは止めてくれ」


「文句の多い人ですね。なんと呼べばいいんですか?」


なんかだんだん態度にトゲがでてきてない?


俺の気のせいだろうか。


「裕樹でいい」


「裕樹………さん?」


「まあ、その辺でいこう。俺も里佳さんと呼んでいいか?」


「いいですよ」


里佳さんがにこっと笑った。


しかも、とびっきりの笑顔で。それは反則だろ。


なんだかんだで彼女は愛想が良い。


それは媚びたものではなく、彼女の自然体だ。


きっと友達とか多いだろうな。


彼女を好きな輩も少なくは無いはず。


まあ、今の俺にはどうでもいいことだがな。


そんなことを考えていると、ふと別の人の顔が浮かんだ。


「──きさん。裕樹さんってば!」


「は、はい!何でしょうか」


「どうしたんですか、ボーっとしちゃって?一瞬口調も変わっちゃってましたよ」


「いや、何でもない。……ただ緊張してるだけだ」


「そうでしたか。裕樹さんが緊張してる間に着きましたよ」


「……は?たどり着いた?」


顔を上げると、そこには『職員室』と書かれたプレートがあった。


いつの間にか里佳さんのナビゲートは終了していた。


「ここが職員室です。もう迷わずに来れますか?」


「……」


「まあ、なんとかなりますよ」


我ながら情けないというか。


だが、方向音痴じゃない奴等は一体どんな感覚してんだ?


一度通った道なら迷わないのだろうか。


記憶力は良いはずなんだが、何故か道を覚えられない俺だった。


方向音痴とそうでない人の境は一体どこにあるのだろう。


「ところで、裕樹さんは何組ですか?私は4組です。」


「いや、まだ俺にも分からないんだ」


「そうですか。同じ組になれるといいですね」


嬉しいこと言ってくっれるじゃないの。


そんな台詞を言われては勘違いをする輩もいるはず。


きっと里佳さんは何気ない言動で他人を虜にしてるのだろう。


「まあ、同じクラスになれるといいな。じゃあ案内ありがと」


「はい。どういたしまして」


と言って彼女は踵を返した。自分のクラスに戻っていくのだろうか。


里佳さんか……。俺も4組になれないかな。


まあともかく、さっさと職員室に入るか。


ガラガラガラっと戸をスライドさせる。


「失礼します」


職員室に入った途端、コーヒーの匂いがした。


さて、俺の担任はどの先生だったか……。


名前は確か葛木って言ってたな。その辺の先生に訊いてみよう。


「すみません、葛木先生はいますか?」











「というわけで、ここが君の教室だ」


職員室でいくつかのやりとりを済ませた後、先生と一緒に教室に来た。


てゆうか、まさか声をかけた先生が葛木先生本人だったとはな。


手続きの時に担任になると言われたのに、顔をすっかり忘れていた。


ごめんよ葛木先生、と心の中で謝罪。


「では少し待ってなさい。しばらくして私が呼ぶから入ってきてくれ」


「わかりました」


と俺が言うと先生は教室に入っていく。


俺の教室は4組。つまり里佳さんと同じクラスだ。


まさか本当に一緒のクラスになるとはな。


あの顔を毎日見られるんだ。そう考えただけで少し顔が緩んでくる。


やはり今日は気分がハイになってるのだろう。


いつにも増して心臓は活動が活発だ。


いっそのこと早く呼ばれないだろうか……。その方がいいかもしれん。


「荻野ー、入ってきなさーい」


お。グッドタイミング!ナイス葛木先生。


教室の戸を開けて中に入ると約40人の視線が俺に集まる。


まあ普通の人ならここで緊張するんだよな。


だが、俺には何のことはない。伊達に転勤族をやってなかったぜ。


教壇の所で立ち止まって、教室を見渡す。


「えー、この九月から編入することとなった荻野裕樹君だ」


先生の言葉に合わせて軽くおじぎをして顔を上げる。


と、視界に里佳さんの顔が目に入った。


それに気づいてか里佳さんはスマイル。


俺もスマイル………できないだろこの状況じゃあ。


「では荻野、軽く自己紹介しろ」


「はい。荻野裕樹です。引越して間もないので分からないことが多いと思いますので、色々とよろしくお願いします」


まあ、自己紹介はこんなもんだな。これも何回も繰り返したことだ。


「うむ。では委員長と副委員長は立ってくれ」


先生が言うと二人の生徒が立った。


一人は男だ。スラっとした体格だが軟弱さを感じない。


その立ち方が堂々としているからだろうか。


そしてもう一人は………里佳さんだ。


あなた、実はそんな役職に就いていたのね。


道理で面倒見が良いわけだ。自分から進んで案内を申し出てきたしな。


「男のほうが委員長の大原一也(おおはらかずや)。女のほうが副委員長の千堂里佳だ。何かわからないことがあったら彼等に訊いてくれ」


「はい、わかりました。えっと、よろしくお願いします」


「おう」


大原君の返事が返ってくる。


答え方からしてなかなか気さくそうな奴だ。


「よろしくお願いします、裕樹さん。さっきはありがとうございました」


里佳さんの思わぬ発言に教室が少しざわついた。


余計な爆弾をわざわざ投下してくれやがりましたね。


てか、里佳さんや。別に今言わなくても良かったんじゃないですか?


もうちょっと空気読もうよ……。


「おお、荻野と千堂はもう知り合いなのか?なら席を隣にしてやろう」


葛木先生の計らいにより里佳さんの隣の人が俺の予定席に移動する。


あのー。別に余計なことしなくていいんですよ?


「じゃあ荻野、千堂の隣の席へ行け」


「はい」


席に向かって歩いていくと、周りの視線も俺を追う。


たどり着くと、同じクラスになったねと里佳さんが小声で話しかけてきた。


俺も小さく、ああと返す。


「っといかん。ホームルームそろそろ終わろう。委員長」


「起立、……礼」


礼をすると同時に皆が一斉に俺のもとに来る。


まあ、質問攻めは転校生の宿命なわけだが今回は……。


「千堂さんといつ知り合ったの?」


ついさっき廊下で。


「もしかして登校中にパン食べながらぶつかったとか!?」


あ、惜しい。廊下でぶつかっただけだ。


「まさか二人は恋人か!?」


んな訳ねーだろ。絶対わざと訊いてるな。


クラスに一人はいるんだよな、こういう奴って。


いつもなら「どこから来たの?」とかなのに、恨むぞ里佳さん。


ふっと里佳さんのほうを見ると、ごめんねって顔をしている。


そんな顔もかわいいんだよな。怒る気にもなれん。


「こらー!千堂さんに見惚れるなー!質問に答えろー!」


そろそろ解放してくれないかな、これ。誰か助けてくれ……。


慣れているはずの質問攻めだが、里佳さんのせいで趣旨が変わった質問攻めに


俺はうんざりしてきた。


「質問攻めはその辺で終わりや」


どこからかそんな声が聞こえた。


振り向くと委員長、もとい大原君が悠然と立っていた。


「ロングHRまで後10分あるわ。それまでにやることあんで一緒に来てくれ」


「ああ。わかった。ってことで皆、また今度ね」


大原君のナイスな助け舟によって脱出できた。


しかし彼の用事って何ぞや?











「さて、この辺でええやろ」


大原君は独り言のようにつぶやく。


っていうか、この辺でいいってどういうこと?


「あの、それでやることっていうのは?」


「ああ。そんなもん最初から無いで」


なあんだ。用事なんて最初から無かったのか。


…………っておいおいおい。


「はあ?じゃあ何でここまで連れてきたんだ?」


「あんたが困った顔をしてたでや。委員長として助けてやったってところやな」


大原君。君はなんて素晴らしい人なんだ。


ところで、全然関係ないがこの口調は関西人なのだろうか?


なんだかところどころ(なま)りがある。


「そうだったのか。正直助かったよ、ありがとうな大原君」


「一也でええわ。俺もあんたを裕樹と呼ぶわ」


結構気さくな奴だな。流石は委員長だ。


っていうよりやはり関西人なのだろうか。


一般論だが関西人は気さくでノリがいいと聞く。


そして、目の前のこいつもなかなか気さくで能天気そうな奴ではある。


「能天気はいささか失礼か……」


「ん?何か言うたか?」


「あ、いや、なんでもない」


どうやらうっかり口に出してしまっていたらしい。


あぶないあぶない。


「で、なんであんたは千堂と知り合いなんや?」


結局それは訊いてくるのね……。


まあ、助けてもらったことだし、答えてやるか。


「実は職員室を探していたら彼女とぶつかってな。それで案内してもらったんだよ」


「そうやったんか。ほやけど、何で千堂はありがとうと言ってたんや?」


顔をかしげる一也。ちょっと説明がハショり過ぎたか。


「ああ、実は登校中に彼女の生徒手帳を拾ったんだ。そしてぶつかったときに返した」


「なるほど。まるで漫画みたいな出会いやな」


「そうだな。ところで一也、お前は関西人なのか?」


「ん?ああ、まあな……。それよりそろそろ戻ったほうがええ頃合やな」


ケータイで時計を見ると授業まであと二分だった。


俺たちは少し話をしながら教室に戻った。











「あ、裕樹さん!どこ行ってたんですか!あれから私が質問攻めだったんですよ?」


席に着くやいなや里佳さんはご機嫌斜めだった。


ってゆうかそれは俺のせいなのか?


「いや、ていうかあれは自分で撒いた種だろ?俺には関係ねぇ!」


「そのネタ、かなり古いですよ?」


「そんなこと言ったら可哀相じゃないか。とにかく俺は知らん!」


「うぅ。もういいです」


里佳さんがイジけてしまった。


なんというか子供っぽいとこもあるんだな。


彼女を見ていると礼儀正しく、品行も良いので大人っぽく感じていた。


しかし、目の前の彼女は精神年齢が少しばかり下がっているように思える。



ガラガラガラガラッ!!



教室の戸を開ける音で俺の思考は遮られた。


どうやら葛木先生が入ってきたようだ。


「よっしゃ、席につけー」


生徒が席に着くと葛木先生は紙に書かれたことを目で追いながら皆にしゃべっている。


なんというか。もうちょっとアドリブはきかないのか?


アドリブ…アドリブ……。


そういやアドリブって語源はなんだろうか。


なんだか微妙に気になってきた。


アドとリブで分けるのだろうか。アド…アド………アドレスか?


なんだか如何にもって感じがする。メアドとか言うしな。


ということはアドは『住所』だ。


すると残ったリブは……『live』か?


日本語にすると『住む』だな。


なかなか良い線いってるのではなかろうか。


「あの、裕樹さん」


なんだか呼ばれた気がしたが、ハイレベルな思考に耽っていてそれどころではなかった。


言葉の意味の追究というのは難易度が極めて高い。


夏休みという長期の休暇を経てタルんできた脳を活性化するにはもってこいだ。


現にいまの俺の脳は研ぎ澄まされた刀のような鋭さだ。


数学などを解いているときとは全く比べ物にならないだろう。


こうなった俺は何人たりとも止められない。


さて何だったか?


そうだアドリブについてだ。


アドが『住所』で、リブが『住む』か。


なんだか深い関係を持っているじゃないか。


だが、1つ重大な疑問がある。


アドリブが『住所』『住む』を指すのだとしたら、何故『即興でやる』という意味になるのだろう。


かなり謎過ぎる。



つんつん



不意にシャーペンで肩をつつかれ、何事かと里佳さんを見る。


なんだか挙動不審というか、なんだか落ち着いていない。


具合でも悪いのだろうか。


「さっきから先生に呼ばれてますよ」


「……は?先生?」


ふと教壇のほうを見ると葛木先生がこちらを睨んでいる。


クラスの皆の視線も何故か俺が独占していた。


『いたたまれない』というのはまさにこの状況を指す言葉だろう。


ものすごく居心地が悪かった。


「荻野。転校生ならちゃんと先生の話を聞こうな」


「……はい、すみませんでした」


「始業式は出席番号順だがお前は転校生だから最後尾だ。以上」


別に言われなくても生徒手帳には41番と書いてあったので容易に想像できただろう。


まったく余計なことをしてくれた気がする。


もはや完全に八つ当たりだが、そうでもしないと心が折れそうだった。











始業式やら大掃除やらが終わって放課後だ。


「これからカラオケ行く?」とかそんな台詞が聞こえてくる。


時刻はまだ11時だ。いわゆる半ドンってやつである。


まあ現在ではあまり聞かない言葉だが。


そういうわけで、このまま帰るのが暇だからどこかに寄る生徒も多い。


俺も日常品を買わなければならない。


いつも夢みた一人暮らしはそれほど良いものではない。


トイレットペーパーやシャンプーなど細かいものも自分で調達せざるを得ないのだ。


物は手帳にメモってあるから何が足りないのかは分かる。


俺はスーパーなどで買い物をしてから帰路についた。


自分の部屋のドアを開けると、静けさだけが漂っていた。


カバンをソファの上にポイッと投げて、台所に行き冷蔵庫を開ける。


買出し品をしまってから、コーラを取り出して一気飲み。



ゴクッゴクッゴクッゴク!



……ぷっはぁ。いやはや、帰宅後のコーラは実に美味い。


まるで俺の中の細胞が全て活気付けられたような感じがする。


炭酸のもたらす効果は絶大だった。


適当に昼飯を済ませて時計を見るとまだ1時だった。


明日の時間割をとっとと終えると、いきなりすることが無くなってしまった。


「昼寝でもするか……」


コーラによってせっかく活発になったにもかかわらず寝ることにした。


ベットに体を預けて、目を閉じた。


今日あった色々なことが頭の中を駆け巡る。


新しい学校、一也、そして里佳さん。


……かわいかったな。


あ、もちろん一也じゃなくて里佳さんのことだけどな。


なんだか楽しくなるような予感がしてわくわくした。


だが、それ以上に疲れていたらしく、俺はいつの間にか寝息を立てていた。











うっすらと目が開いた。


視界がゆっくりと曖昧なものからクリアーになってくる。


どうやら俺は寝ていたようだ。時計を見ると5時半だった。


軽く4時間ぐらいは眠っていたらしい。


ボーっとしながら台所に行き、コーラをコップに注いで一気飲み。


夕飯に冷凍ピラフを食べて、今日の分の食器を洗う。


と言っても、食器洗い機があるので俺がやるわけではない。


俺のやることは食器をその中に入れて、洗剤も入れて、スイッチON。


後は機械が洗浄から乾燥まで全てやってくれる。


なんともまあ、便利な世の中になったものですな。かのエジソンもびっくりの現代である。


適当に風呂をすませてベットに寝っころがる。


何をするわけでもなく、天井をぼんやり見ていた。


昼間たっぷり寝たせいで当然眠気は来ない。


こんなときは小説でも読んで時間を過ごす。


もっとも、はまり過ぎると余計に寝れなくなるときもあるが。


そんな時は悲惨な目覚めを約束されることになる。


だが、いつの間にか俺は、文庫本を片手に寝息をたてていた。

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