怖いんだ
「初めて来たけど、なかなかええとこ住んでるやん」
「まあ、そうだな」
「で、風邪はもう治ったんか?」
「……ゲホッ、ゲホッ。ああ、悪い。まだちょっとな」
「ふーん。そういえば、千堂も風邪言うてたな」
「そ、そうか。偶然だなァ……はは」
そうか。里佳さんも風邪ということで休んだのか。
しくじったなぁ。頭痛にしとけば良かった。
こいつが訪ねてきた理由はおそらく俺と里佳さんのことを感づいたからだろう。
どうやってバレずに追い返そうか……。
「とにかく、お見舞いにきてくれてありがとな」
「別に見舞いに来たわけじゃあらへんよ」
「……は?じゃあ何しに来たんだ?」
一応、すっとぼけたフリをしてみるが、やばいな。
嫌な展開になってきた。
「仮病までして千堂と会いたくないんか?お前ら、一体何があったんや?」
「いや、別になにも──」
「言え」
急に一也の目つきと声色が変わった。
普段の態度とは打って変わって、ぞっとするような印象を受けた。
こいつは妙に鋭いときがある。これ以上は誤魔化しても無駄か……。
まあ、いずれ感付かれるとは思っていたこと。
それでも予想よりだいぶ早かったがな。
仕方なく一也に楓さんのことをかいつまんで話した。
………
……
…
「そんなことがあったんか」
一也は難しい顔をして最後まで話を聞いていた。
「俺さ……」
独り言を呟くように俺は話を続ける。
「今までで二人の女の子を好きになったんだ。一人はもうこの世にはいないんだけどな」
「……そうか。辛いな」
「ああ。人を好きになるって辛いんだな」
「何でわざわざまた辛い思いしようとするねん?」
「え?」
「二度も悲しい想いせんでええやろ。まだ千堂はお前の近くにおるやろ、アホ」
「………」
「その亡くなった子は無理やけど、今の千堂を笑わせることはできるんとちゃうか?」
「もう、遅いよ」
ドスッ!!
「かはっ……」
腹に激痛が走る。
何が起こったのか、すぐには分からなかった。
どうやら一也に殴らしい。
怒りを露にしたのを見るのは初めてだった。
「このボケッ!!何べん同じこと繰り返すんや!」
「………」
「同じとこばっかで足踏みしてんなっ!少しは前に進め!」
「………」
「これ以上お前が何も変わらんなら、楓さんは無駄死にやぞ!」
怒気を含んだ声で一也は吐き捨てるように言った。
分かっているさ、そんなこと。
お前に言われなくても理解しているんだ。
「お前は千堂のこと好きなんやろ!?」
「……」
「あいつだってお前のこと好きなんやぞ!」
「……」
「それだけやない。これ以上、亡くなった人間を悲しませるな」
「……え?」
予想外の言葉に戸惑う。
今までの俺の行為が一也のせいで崩れてしまうのではないか。
そんな予感がした。
「悲しませるな、だと?俺のせいで楓さんが悲しんでるというのか?」
「そうや。きっと向こうだって辛い思いをしているはずや」
「なん、で?」
「好きな人が自分のせいで苦しんでるんや。当たり前やろ、どアホ」
「そ、そんなわけ……」
「彼女もお前のこと好きって言うてたんやろ?」
「……ああ」
言った。確かに言った。
別れ際に一度だけ『好きだったよ』と。
「それやのにお前は、勝手に彼女の死を枷にして自分を苦しめ続けて」
「それはっ……」
「お前が惚れるほど良い子やったんやろ?もっと分かったれよ」
心の中にあった何かが壊れていく。
ずっと俺の心を縛っていたものが。
「最初からお前のこと恨んでない。笑ってほしかったはずや」
「そ、そんな……。じゃあ、何のために俺は……」
「もう一度聞くで、裕樹」
「……」
「お前は千堂のこと好きなんか?」
だったらこれ以上、何を迷う必要があるのだろう?
何もないはず………ないはずなんだ。
けれど。
それでも、まだ俺の心を縛る一つの感情がある。
「怖いんだ」
「怖い?」
「ああ、そうさ!俺は里佳さんが好きだ!でも、怖いんだよ!」
「何が怖いんや?」
「俺の前から消えるんじゃないかって。大切な人がまた」
「……」
もう二度と味わいたくないあの喪失感。
それは何日も何ヶ月も何年も俺を苦しめてきた。
「もしまた失ってしまったら、今度こそ俺はもう……」
「ほれ」
そう言って一也が俺に渡してきたのはケータイだった。
何故こんなものを俺に渡してきたんだろう。
「……ん?通話中?」
「ええから話しかけてみ」
なんだか、ものすごく嫌な予感がした。
「もしもし?」
『あの……私です、裕樹さん』
予感的中。
ケータイは里佳さんに繋がっていた。
「まさかとは思うが、全部聞いていたのか?」
『……はい』
俺はケータイの持ち主を殺意を込めて睨んでやった。
それに動じることなく、そいつはニヤニヤ笑っていた。
全て一也に謀られていたんだ。
『ずっと聞いてました。裕樹さんがずっと苦しんでたことも、私のこと好きって言ってくれたことも』
「そうか」
『今度は裕樹さんが聞いてください。私の想いを』
「うん」
『私も……私もあなたが好きです』
それは初めて言葉にされた彼女の想い。
こんな俺を、彼女を拒絶した俺を、好きと言ってくれるのか。
胸に熱いものがこみ上げてくる。
でも……。
「でも、俺は──」
『だから、約束します』
「約束?」
『私はずっと、あなたの近くで笑っています。これからもずっと』
「……」
『それでもダメですか?』
電話を持つ手が震える。
里佳さんはこうまでして俺を好きと言ってくれてるんだ。
「俺、楓さんのことも好きなんだぞ?」
『知ってます』
痛くもないし、悲しくもない。
「俺、また里佳さんを泣かせるかもしれないよ?」
『また仲直りすればいいじゃないですか』
けれど、確かに俺の頬を伝うのは──。
「俺、里佳さんを幸せにできないかもしれないよ?」
『あなたが近くにいてくれれば、それで幸せです』
とめどなく溢れてくる涙だった。
「聞いてほしいことがあるんだ。今まで言えなかったことが」
『はい』
「俺は、千堂里佳が好きだ。これからもずっと、な」
そう口にした途端、暖かい気持ちになる。
想いを伝えたのは自分なのに。
『やっと……聞けました。あなたの気持ちが』
「ごめんな。電話越しになってしまって」
『いいんですよ。今、とても幸せですから』
「そっか」
『………』
「………」
お互いに黙り込んだが、心が繋がっているような心地良さが生まれる。
いつまでもこうしていたいと思う。
『なんだか、もったいなくって電話が切れませんね……』
「俺も同じことを思ってた。でも、それだといつまで経っても会えないだろ」
『それもそうですね』
「名残惜しいけど、一旦切ろうか」
少し無言の空白があったが、すぐに返事がきた。
『もう少しだけ、このまま』
「……わかった」




