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それならいいんだ。良かったよ

「久しぶりだね。最後に会ったのは何年前になるのかな?」


「どうやってマンションの中に入った?」


「うーん、そうねぇ。会いたいって気持ちが通じたんじゃないかな?」


「はっ……そうか、俺の親に暗証番号を聞いたんだな。いや、それにしたって何で急に……」


「急に会いたくなったから、かな?」


このままでは何を問いかけても収拾がつきそうにない。


ならば心を鬼にして一言。


「帰ってくれ」


きっぱりと言ってやった。


「ヤダ」


きっぱりと言い返された。


「帰りなさい」


「嫌よ」


「いい加減にしろよ、麗奈(れいな)


「嫌だって言ってるじゃないの、ゆっき」


この水掛け論は一体いつまで続くのだろう。


そう思った矢先、次の麗奈の言葉であっさりと終わった。


「ところでさ、それって女物の靴だよね?」


「むっ……」


そういえば里佳さんが来てたんじゃないか!


マズい。非常によろしくない。


このまま二人を会わせたら一体どんなことになるのか、考えただけでも恐ろしい。


「ふーん。楓って人の次はその人なんだ?」


そんな思考は彼女の冷たい言葉でどうでも良くなった。


「…………」


「いいんじゃないかな?あれからもう3年ぐらい経つし」


「……違う」


「ん?」


「そんなんじゃない。ここにいる人とは、そんな関係じゃ……ない」


「ふーん。その『ここにいる人』っていうのは、あなたの後ろにいる人?」


「……え?」


振り返ると、そこには里佳さんがいた。


一体いつの間にいたんだろう。


「あの……す、すみません。その、怒鳴り声が聞こえてきたので……」


里佳さんは居心地が悪そうに、視線を逸らしながらそう答えた。


なんとも嫌な空気が流れる。


「それで、あなたの名前は?」


「え?は、はいっ!?」


いきなりの質問に里佳さんは動揺する。


大抵の人は初見で麗奈のペースにはついていけない。


「だから名前よ。あなたの名前は?」


「えと、千堂里佳です」


「里佳ちゃんだね。あたしは一堂(いちどう)麗奈ね。よろしく」


「よろしくお願いします」


「それで、里佳ちゃんは何でゆっきの家にいるの?」


「ゆっき?」


「あー、ゆっきっていうのはコレのことね」


と、俺の方を指差しながら答える麗奈。


コレって言うな。


「今日は勉強会で来たんです」


「勉強会?……ということは里佳ちゃんは理系?」


「そうですけど、どうして私が理系だと?」


「だって、ゆっきは数学がダメダメだよね?勉強会するんだから、あなたは数学ができるのかなって」


「頭の回転が速いんですね」


「まあね〜」


「っていうか、俺を差し置いて勝手に話すな!」











その後、裕樹さんはケーキを買いに行った。


正確には麗奈さんに無理やり買いに行かされたというべきか。


裕樹さんの家はマンションの五階だから、買い物にも少し時間がかかる。


そんな中、リビングには私と麗奈さんの二人だけ。


「あの……少しいいですか?」


「うん?」


さっきからものすごく気になっていることが1つ。


大事なことを私は知らないでいる。


「あなたと裕樹さんは一体どういう間柄なんですか?」


「あれ?言ってなかったかな?」


「はい。なんか裕樹さんのことよく知ってるようですし……」


「気になる?」


気になる。裕樹さんをあだ名で呼ぶほど親しい関係ということは間違いない。


楓さんでもないこの人は、裕樹さんにとってどんな存在なんだろう。


「……少しだけ」


「そっか。実はあたしね……ゆっきの元カノなの」


「えぇっ!?」


「…………ぷ、ぷくくく。あっははははは!!」


突然、麗奈さんは苦しそうに笑い出した。


「ごめんごめん、今のはウソ。元カノじゃなくて、あたしはゆっきの従姉ね」


「……驚かさないでください」


「ホントにごめんね。あなたがどんな反応するか見てみたかったの」


「反応ですか?」


「単刀直入に訊くけど、あなたはゆっきのこと好きなのかな?」


「いえ、私は、その………」


「それなら忠告しておくわ。中途半端な気持ちで彼に近づかないほうがいいわよ」


「え?」


「彼に近づくなら、覚悟することね」


彼女の少し冷えた声が真剣さを醸し出していた。


どうして?どうして裕樹さんに近づかないほうがいいの?


覚悟なんて言葉、普通なら使わない。


あなたには昔、何があったの?


……。


……。


知りたい。


その答えを私は知りたい。どんなものだとしても。


「教えてください。裕樹さんのこと」


「……そう。ならもう一度訊くわ。あなたはゆっきのこと好きなの?」


「はい。好きです」


「いいわ。あなたに教えてあげる。彼に何があったのかをね」


……………


…………


………


……



「──そういうわけで、結局その楓って人と別れたの」


「そんなことがあったんですか……」


「ゆっきの意志が弱かったから、引越しに反対できなかったのは自業自得だけどね」


ようやく明かされた裕樹さんの過去。


確かに彼は辛い目にあったのかもしれないが……。


「でも、その出来事によってそんなに傷ついたんですか?近づくには覚悟がいるなんて」


「確かに、今の話を聞いただけじゃそうは思わないよね」


「まだ、何か続きがあるんですか?」


「うん。実は……」



『ただいまー!買って来たぞ!』



玄関からそんな声が聞こえてきて、麗奈さんの言葉は遮られた。


裕樹さんが帰ってきてしまったらしい。


「この続きはゆっきに直接聞きなさい」


「……私に教えてくれるでしょうか?」


「大丈夫よ。きっと」


「……はい」


「ゆっきを救ってあげてね。あたしはどんなに頑張ってもだめだったから……」


「え?」



ガチャ



その言葉の真意を聞く前にリビングのドアが開いた。


もうこれ以上彼女に教えてもらうことはできない。


訊くしかない。


他の誰でもなく裕樹さんから。


「それじゃ里佳ちゃん。後はよろしくねー」


「え?あ、はい」


「ばいばーい!」


そう言って麗奈さんは帰っていった。


裕樹さんはそれを硬直したまま見過ごして数秒。


ふと我に返ったのか、その口を開いた。


「……な、なんのために俺はケーキ買いに行かされたんだぁーー!!」











「ったく、あいつは昔からああなんだ。思考回路が常人の斜め上を行くんだ」


「……あはは。でも、そんなに悪い人ではないですよ」


「誰も悪い奴なんて言ってない。変な奴って言っているんだ」


買ってきたチョコケーキを頬張る。


上品な甘さが口の中いっぱいに広がった。


「それでさ、もぐもぐ……俺の居ない間に……ごくんっ、どんな話してたんだ?」


「食べながら喋らないでください」


麗奈のことだ、あいつに何を吹き込まれたのか気になってしょうがない。


「今、飲み込んだ。さあ、答えなさいな」


すると里佳さんは大きめのケーキの欠片をフォークに刺して口へ。


「もぐもぐもぐ」


「いや、明らかに俺が質問してから口に入れたよな!?」


「気のへいれす」


ヒマワリの種を頬張っているハムスターのような頬がとてもキュート。


この人は何でこんなに可愛いんだろう。


「こくんっ……」


「飲み込んだな?さて、じっくり聞かせてもらおうか」


「わぁ。このモンブランも美味しそうですね」


フォークが新たなターゲットを突き刺そうとしていた。


「させるかっ!!」


すぐさま手を伸ばし、そのフォークを里佳さんの手ごと掴んだ。




……掴んだ。




掴んでしまいました。


「〜〜〜〜!!」


里佳さんの顔が赤くなり、同時に俺も顔が熱くなる。


慌ててその手を離した。お互いに視線はおろか、顔まで逸らして照れる。


時計の針の刻む音が大きく聞こえてくる。


もうダメ。この空気には堪えられん。


「……気になりますか?」


「ん?」


「私と麗奈さんが何を話していたか、気になりますか?」


「……ああ」


いきなり真剣な顔つきになったので予感した。


おそらく俺の過去の話だと。


そして今日でこの関係が崩れてしまうと。


「楓さんとのことを聞きました」


問題は彼女がどこまで知っているか。


おそらく大体のことは麗奈から聞いたに違いない。


「全て聞いたわけではありません。私が教えてもらったのはその人に別れを告げたところまでです」


「……そうか」


やはり麗奈は肝心の部分を話していないようだ。


もっとも、そんなこと里佳さんの様子を見れば分かるが。


「裕樹さんはその人のこと、今でも好きなんですか?」


里佳さんは恐る恐る、呟くように質問してきた。


確かにその問いは尤もだが、俺にとっては残酷なものだった。


「ああ。今も、これからもきっと好きなんだろうな」


「だったら何故こんな所にいるんですか!?」


「…………」


「そんなに……そんなにその人が好きなら、よりを戻せばいいじゃないですか!」


里佳さんの言葉が痛い。


まるでナイフか何かで刺されたかのように。


「もう、いまさら間に合わないさ」


「そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょう!?」


そして俺もまた、彼女に言葉のナイフを向けなければならない。


たとえ、彼女が傷つくと分かっていても。


たとえ、俺自身が傷つくと知っていても。


「もう、いないんだ」


「え?」


「楓さんは……もう、この世にはいないんだよ」


俺が里佳さんを拒んできた理由。


「なん、で?どう、して?」


「俺が彼女に別れを告げたその日、彼女は事故に遭って亡くなったんだ」


俺が自分の気持ちを殺してきた理由。


「そんな……」


「だからさ、もう何があったって間に合わないんだよ」


俺が人を好きになってはいけない理由。


「もう、二度と謝ることさえできないんだ」


「わ、私。ごめん、なさい……」


「何で里佳さんが謝るの?」


「だって……私、無神経な……こと、言って……」


「何で里佳さんが泣くの?」


「ぅう……ごめ……なさい。ごめん…なさい……」


俺が里佳さんを好きになってはいけない理由。


それは背負っている罪があるから。


俺は、俺を赦すことができないから。


だから俺は、里佳さんの側にはいられない。


彼女の側にいてはならない。


「ごめんな。里佳さんの気持ちには応えられない。悪いけど──」


「言ってません」


「え?」


「誰も……誰もあなたを好きだなんて言ってませんっ!」


「──そうか。それならいいんだ。良かったよ、俺なんかを好きにならなくて」



パシィーーン!!!!



そんな音が響いて数秒後、俺は彼女に頬を引っ叩かれたのだと気づく。


見かけによらず、威力がそこそこあった。


頬を押さえながら彼女に向き直ると、その顔には大粒の涙が伝っていた。


「……さようなら、裕樹さん」


「ああ」


彼女は荷物を持って玄関に続くドアの向こうへ行ってしまった。


そうだ。これでいい。


いつかこうなるときが必ずやってくると分かっていた。


里佳さんを泣かせてしまうと。


そして、俺自身も涙すると。


そんなこと、とっくに分かっていたんだ。


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