久しぶりだね
───学校
将来において一体何の役に立つのか分からない数学に体力を費やしていた。
授業というよりは演習なので、考えて問題を解かなければならない。
とりわけ現在やっている数学Bの内容が謎すぎてお手上げ状態。
特に俺は文系なので、よりいっそう嫌悪感を抱いている。
なんだよ数学的帰納法って。意味不明ですわ。
ちらっと隣を見ると里佳さんはスラスラと問題を解いている。
俺の見ている限り、シャーペンが止まっている時間はほとんど無い。
何故そんなに数学ができるんですかね?
「数学って最小限覚えるべきことを覚えれば応用が利くから得意なんですよ」
「……は?」
どんな読心術を使ったのか、頭のなかで疑問を抱いていたことを返答する里佳さん。
あなたはまさかエスパータイプか?
「裕樹さんから尋ねてきたのに、その返しは何ですか」
「……もしかしてモノローグが声に出てた?」
「自覚が無かったんですか?」
「あ、ああ……」
「保健室、行きますか?」
「いや、大丈夫」
何気にそれって酷くない?本当に心配してくれてんのかね。
「ちなみに私はエスパータイプではありません。強いて言うならノーマルタイプです」
あ、そこも声に出てたのね。失礼しました。
って、そんなことはどうでもいいんだよ!
「あのさ、数学的帰納法がよく分からないんだけど教えてくれない?」
「帰納法ですか……」
俺に説明する手立てを考えているのか、首を少しひねっている。
その仕草に少しドキッとしてしまった。
「そうですね……そもそも帰納法がどういうものか説明できますか?」
「無理だな」
「即答でしたね。大体の問題は、とにかくまずN=1を証明するんです」
「ああ、それは何となく分かるよ」
「その後、N=Kが成り立つと仮定したときN=K+1も成り立つことを言えばそれで終わりです」
「何でそれで証明になるのか良く分からないんだが」
「いいですか?最初にN=1を証明したんですから『N=1が成り立つときN=2も成り立つ』ということになりますよね」
「あー!それでN=2が成り立つからN=3も成り立ち、更にN=4以降も次々に成り立つってこと?」
「そういうことです。だから整数じゃないと帰納法は使えないんですよ」
なるほど。里佳さんの説明は実に分かりやすい。
数学の先生は解法に熱を入れていて、証明の本質をおろそかにしてたからダメだったんだな。
「ホントにありがとう!おかげで謎が一気に氷解した」
「別に大したことじゃないですよ」
「そんなことないって。借りが1つできたな」
「大げさです」
「いや、数学でこんなに気分が良くなったのは10年ぶりぐらいなんだよ」
「10年ぶりって……クスクス。小学校低学年じゃないですか」
トクン!
やばい……。笑った顔がすごく可愛い。
ええいっ!!静まれ俺の心臓!!
「か、重ね重ね悪いんだが、数列についても教えてくれないかなぁ?」
「何か声が変になってませんか?」
「気のせい気のせい」
「まあ、数列にも等差、等比とか漸化式とか色々あるんですが」
「……どれも分からん」
「さすがに全部教える時間は無いですね」
「ですよねー」
改めて数学の理解力の無さに絶望した。
こんなんでセンター試験は大丈夫なんだろうか。
一年後の自分を想像したら少し、いや、かなり寒気がした。
「いかん……いかんぞ………」
「大丈夫ですか?」
「センター試験で失敗したら二次試験で……ごにょごにょ」
「落ち着いてください。自分で『ごにょごにょ』って言っちゃってます」
「マジで!?かなり自意識崩壊してきたな」
「自意識過剰なら分かりますが、崩壊って……」
「留年したら更にもう一年、数学とお付き合いか……はははっ」
「はあ……明日は土曜ですから勉強会しますか?」
───土曜日
そんなこんなで俺の家で勉強会が開催された。
「っていうか何故俺の家?里佳ちゃんハウ……げほん。じゃなくて、里佳さんの家でやればいいじゃん」
「もっと汚いと思ってたんですが、案外片付いているんですね」
「人の話聞いてる?」
「さて、早速ですが始めましょうか」
「全く聞く耳持たないのね」
「裕樹さんは二回も私の家に来たじゃありませんか」
あ、それもそうか。って聞いてるならさっさと答えてくれよ。
何この微妙な態度?
いつもより変だな。あ、いや、いつもは変じゃないんだが。
あ、もしかして里佳さん……。
「なあ」
「はい、何ですか?」
「もしかして、緊張してる?」
「……してません。全然してません。微塵もしてませぇん」
「そ、そうか」
妙に力が入ってたのは気のせいではないだろう。
しかも最後だけ『ませぇん』ってなってたし。
まあ、ここは男の俺が優しくリードしてあげないとな。
「何か飲み物で飲むかね?」
「いえ、大丈夫です。ペットボトルのお茶持ってきましたから」
「左様ですか……」
ものの見事に失敗した。なんだか、ものすごく恥ずかしい。
まあ、いいや。気を取り直して勉強開始だ。
早速数学に取り組んでみる。
───1時間後
「うがぁぁぁーーー!!」
「きゃっ!……な、何ですか急に」
「さっぱり分からん」
「それならそうと私に言ってください。何のための勉強会だと思ってるんですか!」
「は、はい」
「それで、どこが分からないんですか?」
「三次方程式のグラフがX軸で3点とも交わる為の条件」
「(極大値)×(極小値)<0 を解けば良いだけでしょう?」
「何でそんな条件になるのか意味不明なんだってば」
「んー。3点交わったグラフを適当に書いてみてください。Xの3乗の係数が正のときのと負のときのと」
「……こう?」
「ここで極値に注目してください。極大値が正なら極小値が負、極大値が負なら極小値が正になっているでしょう?」
「だから (極大値)×(極小値)<0 が条件なのか」
「そういうことです」
分かりやすい。実に分かりやすいよ。
っていうか、何で教科書にそのことが書いてないんだよ。
問題集の解答にも説明が無いし、教材も世の末だな。
「いや、ホントにありがとう」
「どういたしまして」
ちゃんと理解したから、すこぶる気分が良い。
これこそ数学の醍醐味なのだろうが、あいにく一人でそれを味わったことがあまりない。
むしろ解けないほうが多いから苦手になったんだろうな。
さて、この問題も正解したし……。
「そろそろ休憩するか」
「そうですね。私もキリが良いのでここらで休憩します」
ピンポーン♪
いまだに聞いたことのなかった呼び鈴が鳴った。
誰だろう?この家を知っている奴はほとんどいないはず。
「ちょっと行ってくる」
部屋を出て玄関に向かう。
俺の両親はそもそも遠くにいるはずだし……。
うーむ。心当たりゼロ。
まあ、新聞の勧誘か宅配便あたりかなと思いつつ、鍵を外してドアを開けた。
「こんにちわ。久しぶりだね」
「…………え?」
そこには思いもよらない人がいた。




