昔になんかあったやろ?
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
一日の始まりとも呼べる朝をこんなにも不快な気分で迎えても良いものだろうか。
少しでも目覚めが好きになれるようにと、ケータイのアラームにお気に入りの曲を設定していた時期もあった。
だが、やはり眠たいときに好きな曲を聴いても不快感が募るばかり。
結局はその曲が嫌いになっただけに終わってしまった。
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
「起きるよ、起きますよ、起きればいいんでしょっ!?」
聞く耳持たない目覚まし時計に向かって三段活用を叫ぶ。
不満を声にしながらスイッチを押した。
それにしても、快適な朝を送るにはどうすればいいのだろうか。
「ラジオ体操でもしてみっか」
いち、にぃ、さん、しー。にぃ、にぃ、さん、しー。
いち、にぃ、さん、しー。にぃ、にぃ、さん、しー。
バキッ!
机の角に勢いよく手の甲をぶつけてしまった。
如何にして快適な朝を送るか、という議題はきれいさっぱり諦めて身支度し、家を出た。
残暑もようやく落ち着いてきて、随分と過ごし易くなってきた。
見上げた空は高く、食欲はいつもより大きくなる。
「天高く馬肥ゆる秋ってやつだな」
「女性の前でその諺は禁止です」
「おわっ!?」
「今のリアクションは少し傷つきました。おはようございます」
「いや、急に声を掛けられたもんだからさ。おはようごせぇます」
「急じゃない声の掛け方ってあるんでしょうか?」
それ、前にも誰かに言われたぞ。
「例えば、俺の視界に入ってから声を掛けるとか」
「まあ、一理ありますね」
納得していただいたようで何よりだ。
気づけばいつの間にか学校に到着していた。
「おっす!」
「おわっ!?」
「な、なんや?そんな驚かんでもええやん」
振り向くとそこには一也がいた。
最近こんなのばっかだな……。
皆で俺を驚かして寿命を縮めようとしているのではなかろうか。
だとしたら高レベルないじめだ。
「いじめ、かっこ悪いよ」
「裕樹さんはいきなり何を言ってるんでしょうか?」
「さあ、まだ寝ぼけとるんちゃうか?」
……おもいっきり聞こえてるぞ。
──いきなり放課後。
里佳さんの家、もとい『里佳ちゃんハウス』で将棋をしていた。
何故に将棋をしているのか、それは聞かないでいただきたい。
「王手!しかも詰み!」
「ぐぬぬぅ」
「まあ、カズっちがあたしに勝つなんて100年早いわよね」
「もう一回もう一回!もう一回もう一回!」
「HANABIっぽく言ってもダメ。敗者は勝者の言うことを一つ聞く約束だったわね」
「へぃ……」
エセ関西人VS恐怖の女、この対局は『恐怖の女』の勝ちに終わった。
まあ、予想通りというか当然というか。
「ぼ〜っとしないでください。次は裕樹さんの番ですよ」
「あ、うん。じゃあ、こいつで『飛車』を取るよ。そして成る」
「あ」
里佳さんは俺の取った『飛車』を寂しそうな目で見つめている。
そんな切ない目をしないでくれよ……。
悪いことしてないのに、罪悪感が湧いてきちゃうでしょうが。
「じゃあ……ここをこうしますね」
「んー」
っていうかさ、さっきから気になっていることがあるんだよな。
「じゃあ、ここをこうだ!」
俺たち、将棋盤を床に置いて対局してるんですよ。
「かかりましたね。これで『角』取りです」
そうするとですね、ショーパンを穿いている里佳さんの生足に目がいってしまうんですね。
「なるほど。じゃあ俺はここを攻める!」
目の毒というか、目の保養というか、やばいというか。
「あぁん……」
頼むからそんな声出さないでくれ。心臓に悪いから。
「うーん。じゃあ、ここをこうします」
キラーン!
俺は手元にあった『金』を取り出した。
「王手!詰み!」
「……」
「……」
「……負けました」
年頃の男子には悩ましかった時間は勝利で幕を閉じた。
頭がいっぱいいっぱいで手加減する余裕がなかったです、はい。
「うぅ。強すぎます……」
あああああ。そんな目で俺を見ないで。
「あ、裕樹君が勝ったのね?ということは里佳に卑猥な命令を……」
「そんなことするかっ!俺ほど硬派な人間はいないぞ」
「できれば倫理に反しない命令にしてくださいね」
「里佳さん、君は今俺の言ったことの半分も理解してないのね……」
「そんなこと言って、さっきは里佳の素足をじろじろ見てたじゃない」
「えっ!ゆ、裕樹さん!?」
顔を赤くしてこっちを睨んでくる里佳さん。
「な!いや、それはだな、別に意識して見てたわけじゃなくてだな」
「……えっち」
「だから違うんだぁー!!」
将棋が一段落ついたのでお菓子を持ってくると女二人はキッチンへ。
そして部屋に残されたのが男二人。
「ところでやな、裕樹」
「うん?」
「単刀直入に聞くけど、お前、千堂のこと好きなんか?」
「本当に単刀直入だな。どうしてそんなことを聞くんだ?」
「他意はあらへんよ。純粋な好奇心やな」
「……少なくとも、今の関係から変わることは無いだろうな」
俺の答えを聞いて一也は目を見開いた。
そんなにこの答えが意外だったのだろうか。
「ふぅん。俺は千堂のことを好きなんか?と聞いたんやけどな」
「…………」
「お前、昔になんかあったやろ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「肯定でも否定でもあらへんだ。お前は千堂を拒絶したやろ」
「拒絶って大げさだな。大体、俺が言った答えは否定に含まれるんじゃないか?」
「『好き』の否定は『好きではない』やな。お前の答えは否定とは違うわ」
こいつ、普段は抜けているようで案外鋭い所をついてくる。
実は案外切れ者だったりして。
「まあ、そこから察するに昔に女絡みで何かあったんちゃうか思ってな」
「俺の言い方が悪かった。”今のところは”変わる気はない、ということだ」
「……さようか」
もう諦めたのか、それ以上は聞いてこなかった。
ならばこちらも少々反撃してやろう。
「お前こそ、どうなんだ?」
「ん?」
「紫苑さんのこと、好きなのか?」
「はぁ?何で俺があいつとやねん?そもそも、俺とあいつはただのケンカ友達っちゅうか……」
「急に饒舌になったな、一也」
「…………」
「おまたせ〜。お菓子とジュース持ってきたよ」
なんとも一也を救うタイミングで二人が帰ってきてしまった。
もうちょっと弄りたかったのに。
「おー。早速オレンジジュース貰うわ」
「ほいほい。どうぞ」
まあ、きっとこの二人なら将来は大丈夫だろう。
俺が余計なお節介をしなくても、いつかは結ばれる。
「裕樹さん。飲まないんですか?」
「いや、もらうよ」
でも、俺達は……俺と里佳さんは違う。
「分かりました。はい、どうぞ」
「ありがと」
変に意識したせいか、里佳さんの顔を微妙に直視できなかった。
───帰り際。
「よりにもよってまた雨かよ」
「結構降ってますね」
まあ、季節は秋だから秋雨前線が悪天をもたらしているのだろう。
最悪なことに今日は傘を持っていない。
どうやって帰ればいいんだろう。
「あたしは折り畳み傘持ってるんだよね。カズっち、入ってく?」
「ええんか!?」
「良かったなぁ一也くんよ」
さっきのことを踏まえて含みたっぷりで嫌味を言う。
「お前こそ千堂に送ってもらったらどうや。もちろん相合傘で」
女二人に聞こえない声で、嫌味たっぷりで返された。
「ほな、俺たちはもう行くわ。さいならー」
「またねー」
二人は仲良く、かどうかは知らないが、相合傘で帰っていった。
…………。
さて、俺は一体どうしましょうかね。
「裕樹さん、傘貸しましょうか?」
「え?ああ、そうだな。うん」
「待っててくださいね」
里佳さんは一旦家の中に入ってから傘を持って再び出てきた。
どうぞ、と傘を渡されたとき、何故だか寂しい気持ちになった。
もしかして俺は相合傘を期待していたのだろうか。
心のどこかで里佳さんと一緒に居たい、と。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。じゃあな」
思ってはならない。期待してはいけない。
それでも一人だと傘の中が妙に広く感じた。




