……嘘つき
───ある日の放課後。
昇降口の屋根の下から空を眺めていた。
午前中はあんなにも晴れていたというのに、大粒の雨が降っていた。
確かに夕立という現象が起こりやすい季節ではある。
こんなこともあろうかと、折りたたみ傘をカバンに入れておいた自分自身に感謝。
早速取り出して差そうとした矢先、困った顔で空を眺めている女の子に気づいた。
彼女の名前は二宮楓さん。俺の席の隣の人だ。
その様子から傘を持っていないのだろう。
「あの……楓さん」
「ん?おー、ユーキ君!」
「もしかして、傘持ってないのか?」
「そうなんだよね。午前中あんなに晴れてたから」
二人して空を見上げて苦笑いした。
「折りたたみ傘で良ければ貸そうか?」
「え?でもそれだとユーキ君の分がなくなるでしょ?」
「俺、折りたたみ傘2本持ってるんだ」
「はい?何で2本も?」
「前にも友達に貸したことがあったんだけど、それを今日返されて2本になったんだ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「はい、どうぞ」
「ありがたや〜。お礼に明日弁当作ってあげるね」
そう言い残した後、彼女はそれを差して走って帰った。
急いでるみたいだし、きっと何か用事でもあったのだろう。
俺は彼女が見えなくなるまで見送った。
弁当作ってくれるのか。思わぬラッキーだな。
「さて、後はこの雨止んでくれたらなぁ……」
我ながら嘘が上手くなったなと、一人しみじみ感心していた。
ジリリリリリリリリリリリリリッ!!
懐かしい夢から現実に引き戻したのは不愉快な金属音だった。
どうやら余韻に浸らしてくれる気はないらしい。
しょうがないので布団の中から手を伸ばし、けたたましく鳴り響く音源を黙らせようと試みた。
だが、勢い余った手が目覚まし時計にブチ当たってしまった。
ガシャンと倒れる音が布団の外で響いた。
気を取り直してもう一度手を伸ばす。
けれども、そこにあるはずの感触を得られなかった。
どうやらぶつかった衝撃で布団から離れてしまったらしい。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!
どんどん苛立ちは募ってゆく。
早く安息を取り戻したい一心で、さらに手を伸ばす。
しかし指先はフローリングの床を撫でるばかり。
思い切って限界まで手を伸ばしてみる。
ビキッ!
「痛い痛い痛い痛い!!」
手をつってしまった。
HR開始まであと2分足らずだとというのに、俺はのんびりと廊下を歩いている。
今日はぎりぎりで間に合うように家を出た。
言うまでも無く、里佳さんに会いたくないからだ。
今の状態ではまともに話もできないだろう。
そして昨日のことがあるから、彼女は絶対に話しかけてくる。
今日も風邪で休んでくれれば良いのだが。
「俺って最低だな。人の不健康を願うなんて」
ため息を一つ。
窓の外を見ると、まるで俺の心を表しているような空模様だった。
国語の小説じゃあるまいし。
いっそ晴れてくれたら少しは気分が楽になるのに。
考え事をしている内にいつの間にか教室に着いていた。
そっと教室に入り、誰にも目を合わせないように座る。
……はずだった。
「おはようございます」
なんというか、一番会いたくなかった人が自分の席の隣だということを失念していた。
至極間抜けな俺だった。
「昨日はお見舞いありがとうございました」
ぺこっと頭を下げる里佳さん。
そんな振る舞いをするあなたが何故か今とても怖いです。
「さて、ここからが本題なんですが……」
キーンコーンカーンコーン!
「よっしゃ、お前ら席に着け」
チャイムが鳴ると同時に先生が入ってきた。
なんとかこの場は助かった。
……。
……。
そう思ったのも束の間で、今日に限ってHRが早くに終わり、再びピンチ到来。
どうする俺?
「裕樹さん」
「俺、トイレ行ってくるから!」
古典的な手を使わせてもらった。
俺はそそくさと教室を出て行き、用を足す。
そして授業開始のチャイムが鳴った瞬間、再び教室に戻る。
………
……
…
──1限目終了。
「裕樹さん」
「授業のことで先生に質問したいことがあるから!」
──2限目終了。
「裕樹さん」
「またトイレに!」
──3限目終了。
「裕樹さん」
「職員室にプリント届けないといけないから!」
──昼休み。
「裕樹さん」
「別の奴と約束してたから!」
──なんやかんやで放課後。
「裕樹さん」
「ちょっと先生に呼び出されているから!」
こんな感じで今日一日ずっと彼女から逃げていた。
もちろんこんな事を毎日やろうだなんて思ってはいない。
だが、昨日の今日で顔合わせてはならないと感じていた。
せめて今日一日だけでもブランクを挟まないと……。
そんなことを考えながら、適当に校舎を歩いていた。
今現在、自分が校舎どの辺りを歩いているのかさっぱり分からない。
忘れている人もいるかもしれないが、俺は方向音痴なのだ。
部屋の上にあるプレートを見ていても見覚えの無いものばかり。
ふと、どこからか良い匂いがした。
しばらく歩いてみると『家庭科調理室』と書かれたプレートを発見。
おそらく料理部が何か作っているのだろう。
……ん?何だ?
何かとてつもなく重要なことを忘れているような気がする。
ポンポン
背後から誰かに肩を叩かれた。
そこで俺は一つの心当たりに辿り着いた。
この予想が外れてくれますようにと祈りつつ振り返る。
「奇遇ね、裕樹君」
そこには紫苑さんがいた。
そう。料理部に一也と紫苑さんが入部していることをすっかり忘れていたのだ。
昨日、今日のことを根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
「おお奇遇だな。それじゃ俺は帰るから部活頑張ってな」
「うん、ありがとね……って、そんなアホな手に引っかかると思ってるの?」
「ですよねー」
「里佳と何があったのかなぁ?」
「ナニモ、ナカッタヨ」
「そう。やっぱり何かあったのね」
「イヤ、ダカラ……」
「あぁん?(-_-#)」
「ひぃ!!」
「いいから、お姉さんに全てを話しなさい」
結局、紫苑さんからも逃げてきた俺。
自分自身がとても情けなかった。
もういい、早く帰ろう。さっさと上履きを脱いで、靴に履き替える。
ふと、外からザーっという音が聞こえてきた。
まさかと思い顔を上げて外を見てみると、案の定、雨が降っている。
まあ、こんなこともあろうかと折り畳み傘は常備している。
しかし、そうでない者もいるらしい。
女の子が一人、ぼんやりと雨が降る空を眺めていた。
里佳さんだ。
自分でも気づかぬ間に、後姿を見ただけで彼女を彼女だと認識できるようになっていた。
どうして俺はこんなにも惹かれているのだろう。
楓さんと重なる部分があるからだろうか。
それとも……。
「傘、無いのか?」
「え?」
こちらを振り向き、声の主が俺だと分かると彼女は目を丸くした。
「折り畳み傘で良ければ、俺のを貸してやる」
「え?でも、それだと裕樹さんの分が……」
「俺は2本持ってるんだ」
まあ、もちろん持ってないけどな。
「……嘘つき」
「え?」
「本当に2本あるなら、今この場で見せてください」
「…………」
「やっぱり嘘でしたか」
「どうして分かった?」
「これといった根拠は無いんです。ただ、なんとなく」
「……そっか」
俺って嘘つくのが下手だったのだろうか。
それとも、彼女には本気で嘘をつけることができなかったのか。
「だったら、一緒に帰るか?」
「……え?」
「1本だけならあるんだ。少々狭いけど」
「でも……私は裕樹さんを怒らせるようなことを」
「いや、違うんだ。あれはただ、俺が変だったというか何と言うか」
「怒ってないんですか?」
「うん、全然。だからさ、その、一緒に帰らない?」
「……はい!」
今日は顔を合わせまいと思ってたのにな……。
こうなったのは全部あの夢のせいだ。
とりあえずそう思って割り切ることにした。
だから、せめて今だけは……。




