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1997年 20歳の誕生日

年が明けて1997年になった。




僕は相変わらずバイトの掛け持ちをしていた。時間があるとジムやランニングに行った。週に一度は英会話学校に通い、勉強も続けていた。毎日が充実していた。7月のワーホリに向けてやるべきことを明確にしていた。迷いもなかった。


僕はまだ19歳だったが、成人式が先に来た。両親は出席を望んだが、僕は断った。会いたくない同級生が多かったし、衣装に何万円ものお金がかかるのがどうしても生理的に嫌だった。ワーホリの前に、着たくもないスーツを買うのなんてまっぴらゴメンだった。


ただ両親が悲しそうな顔をしたのは意外だった。考えてみたら僕は大学に行かなかったことで、随分と両親を落胆させた。就職もしていないし、世間体も良くない。僕は悪い息子だと自覚している。なので二人を外食に誘ってみた。僕が奢ると言ったらとても喜んでくれた。


そうして僕は行きたくない成人式を無事パスし、その2週間後に自分の誕生日を迎える予定だった。




リカさんが有給を取って僕の地元まで来る、僕の誕生日を祝ってくれるそうだ。彼女は誕生日のある週の週末に来てくれる。誕生日当日は特別な日だから両親といるようにと強く言われた。子供じゃないんですよと言ったが、リカさんは聞かなかった。


新幹線の駅にリカさんを迎えに行く。外はとても寒い。雪こそ降っていないが、瀬戸内特有の乾いた冷たい風が強く吹く。大陸から来た冷たく湿った風は中国山地にぶつかり、山陰地方に雪をもたらす。湿度を失った風はただただ冷たく乾いて山陽を覆うからだ。実際の気温よりも寒く感じる。人々はダウンジャケットよりもコートを好み、冷たい風から身を守ろうとする。


僕はグレーのフリースのパーカーに革ジャンを合わせる、下はブルージーンズにドクターマーチンのサイドゴアブーツだった。海外に出るのならば、もっと機能的な冬服を買わないといけないと思っている。リカさんと探しに行こうと決めていた。


彼女が現れた。旅行バッグを片手に階段を降りてくる。白いダウンのコートに白い毛糸の帽子を被っていた。腰まであった黒い髪は肩までの長さに切り揃えられ、肩口で軽くカールしていた。彼女にとても似合っていた。


『おまたせ。』


待った?と少しはにかんだ。大阪ではなく、リカさんを僕の地元で見るなんてとても不思議だった。あまりにも綺麗でかわいい彼女の姿に見惚れてしまって、返事ができずにいると、


『どうした?恋か?見惚れたか?』


僕の下に陣取り、顔を見上げる。目がとても大きい。背はこんなにも小さかったっけ?


『すぅっっっっっぅごいかわいいです。』


とても喜んだ顔をしてくれる。


彼女の旅行鞄を受け取り、僕が担いだ。両親から借りた車を置いた駐車場まで案内した。歩きながら何度も何度も見つめ合った。僕の大好きな人が僕の地元にいると思うと胸がいっぱいになった。




『とりあえず誰もいないところで、誰も見ていないところで抱きしめたいです。』


ここでもいいのよ?と、リカさんが笑いながらからかってくる。以前、僕が彼女を新大阪駅で抱きしめたり、繁華街でキスをしようとした仕返しがしたいのだろう。僕の地元で僕が同じことをできるのかを試しているのかもしれない。できる筈がない。こんな田舎で誰かに見られたら、24時間以内にご近所さんに知れ渡ることになる。


『できないの?その程度なの?』


煽ってくる。負けたくない。だが人の目も怖い。ジレンマとの戦いに負けた僕は彼女の脇腹をくすぐるしかできなかった。




リカさんが泊まるホテルまで送って行き、チェックインを済ます。その時受付の女性から確認のために聞こえてきた言葉が


『2泊3日、2名様・・・』


僕はびっくりして固まってしまった。僕が知らない間に彼女が勧めていたサプライズだった。


『びっくりした?私からの誕生日プレゼントよ。受け取ってね。』


部屋に着くなり、彼女はそう言って抱きついてきた。僕はとても丁寧にキスをし、彼女もとても丁寧に答えてくれた。強く抱きしめすぎて彼女が少し咳き込んだ。


『とても嬉しいです。僕は実家の近くのホテルに泊まることになるのか。』


こんな方法もあるんですね。


『いかがわしいホテルに行きたかった?』


『確かにそうですよね。そっちの方が高く付くし、荷物も常時置けるわけじゃないし。二人で同じホテルに泊まる方が便利です。』


『そうでしょう、リラックスもできるしね。』


僕たちはもう一度見つめ合い、キスをする。リカさんがいつも以上に積極的に求めてくる。


『お誕生日おめでとう。20歳になったのね。』


唇を重ねながら頷く。


『大好きです。ありがとう。』






『ぜひ両親に会いに来てください。』


ホテルから歩いて行ける、地元で有名なイタリアンレストランで夕食を取りながら僕は彼女に尋ねた。リカさんの手が止まり、明らかに動揺しているのが見えた。


『マジ?』


言葉が出てこないみたいだ。僕は笑った。


『別に結婚の挨拶をするわけじゃないですよ。僕はリカさんの彼氏で間違いないんですよね?』


コクん、と彼女は頷く。


『僕を弄んでいるわけじゃないですよね?』


コクん、もう一度頷く。口が動いていない。ほっぺが膨らんでいてかわいい。


『では、彼女として紹介します。リカさんはとても綺麗だから、両親がとっても喜ぶと思います。寿命がのびるかも。』


口の中に入っているだろう、パスタをゆっくりと咀嚼し、リカさんは飲み込んだ。僕をじーと見つめている。


『驚いた。どうしよう?そうくるとは思わなかった。私、ご両親に会えるような服装持ってきていない。買いに行かなきゃ。』


『普通の一般的なサラリーマンの父と、パートで働いている母です。これ以上ない普通です。そのままで来てください。その方が両親も気が楽でいいです。』


問題は泊まっていけと言われる可能性が高いですね、と僕は続けた。


『ホテル代が無駄になっちゃうな。』


そこが心配です、僕はガーリックブレッドをちぎり、口に入れながらどうしよう?と考えた。


『さ、最終日に挨拶しない?私にも準備があるし、、、。』


目の焦点が合っていないリカさんが提案した。


『もちろん、最終日で良いですよ。ありがとう、リカさん。』




ようやく焦点を合わせることができたリカさんが、ワインを頼もうか、飲んだことある?と、ドリンクリストを貰えるようにウェイターさんに頼んだ

いつもご拝読ありがとうございます


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よろしくお願いします

作者

遠藤信彦

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