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EP23 大阪 後残りひと月

彼女が僕の左腕に自分の右腕を回し、腕を組む。いつもの形と違うのは手を繋いでいることだ。


『特別やで。』


上手でない大阪弁でリカさんが下から見上げてくる。とても嬉しいと伝えた。今日は二人で難波に向かっている。大阪で一番大きな書店でワーホリの情報を集めることにしたのだ。




大阪での生活もあとひと月を切った。僕は故郷に帰り、ワーキングホリデーに行く準備を進めるだろう。自分が一歩一歩進んでいる事実がとても嬉しかった。そしてそれは同時にリカさんとの別れが近いことも意味している。


『毎日がワクワクして楽しいです。同時にリカさんと会えなくなるのが本当に悲しい。』


僕はリカさんには思ったことを伝えられるようになった。そこには遠慮も駆け引きもない。ただただ純粋に僕の思いを伝える。


『私が矯正してあげる。』


今でもはっきりと覚えている。出会った頃にリカさんに言われた言葉だ。僕は変われただろうか?少なくともリカさんには僕は心を開けている。なんでも話せる。リカさん以外の人に対してはまだ自信がないけれど。感謝しているとリカさんに伝えると、


『五百円でええで?』


とふざけてきたので、大勢の人がいる前でほっぺにキスをするふりをしてやった。大阪に知り合いのいない僕にはできるが、彼女はそうはいかない、顔を真っ赤にして辺りをきょろきょろ見回したあと、背中をグーで殴ってきた。3発ほど僕に鉄拳を喰らわした後、再び腕を組んでくれた。暑いのにありがとうとお礼を言った。




冷房が効きすぎているビルの中の書店に着いた。旅行コーナーにあるワーホリについての書籍を探した。僕が読んだことのない本が一冊あった。やはり大阪で一番大きな書店は違うなと思い、手に取ってみた。内容は他の書籍とは大して変わらなかったが、巻末の方にワーホリのエージェントの特集が載せられていた。僕にとっては初めての海外になるし、英語もできない僕にとって、エージェントを使用することは魅力的に思えた。いくつかのエージェントの紹介記事を読んでいると、リカさんが一冊の文庫本を持ってきて僕に見せてくれた。それはアルケミストと書かれていた。外国人による小説だった。


『ケンヂにこれをプレゼントするね。いつでもいいけど渡航前に読んだ方がいいと思う。』


僕は手に取っていた本を閉じて、リカさんから本を受け取り、ページをパラパラと開いてみた。


『心配しないでね、難しいことは書いていない。でもとても深く心に刺さると思う。ケンヂの歳なら絶対に印象深い本になると思うわ。』


そう言ってアルケミストとワーホリの本、2冊を僕の手から取り、会計に行った。


『僕のワーホリだから僕の本は僕が払いますよ。』


そう言ったが、リカさんはいいのよと言って払ってくれた。


『その代わり夜はステーキを奢ってね。』


とサラッと言った。僕は爆笑してもちろんですと答えた。




『せっかく難波まで来たし、二人でしたことのないことをしたいです。』


そう提案すると、うんと快く言ってくれた。水族館に行くか、動物園にするかとリカさんから提案された。


『リカさんは本当に歩くのが好きですね。』


二人での外出は歩きがとても多い、リカさんとのデートで僕はスニーカーがひとつダメになりましたと笑った。


『あなたと一緒に歩くのが好きなのよ。』


お金もかからないし、健康的だし、とても良いことよ。繋いでいる手に力が入る。


『映画を一緒に観ませんか?今は日差しも強いし、歩くのは後にしましょう。』


僕がそう提案すると、暗がりで何かする気でしょう?と睨んできたので、笑いながら絶対にしませんと約束した。


『絶対にしないの?それは残念。』


半泣きになって落ち込んでいるので、


『絶対にします、喜んでさせていただきます。』


嬉しくなってきました、今直ぐいきましょうと映画館まで早歩きで行った。




『マシンガンをぶっ放して、車が大爆発するやつ。』


難しい注文を受けて映画探しが難航したが、ひとつだけ該当しそうな映画があってそれにした。それぞれに飲み物を買って、一番大きいポップコーンをシェアした。ムード満点だねというシュールすぎるジョークを頂いたので、君のためだよと返した。


映画はお金に困った元軍人たちが銀行強盗を働き、迫り来る追手を追い払いながら逃亡するというもので、物語自体は退屈であったが、アクションシーンが秀逸で俳優もイケメンだったので、リカさんは満足したみたいだった。


映画の途中で何度も僕の手の甲を抓ってきた。早く何かしてこいの合図だったが、映画に集中したくてあえて無視していたら尋常じゃない力で抓ってきた。隣を向くと暗がりの中で目が怒っている。ごめんなさいと小さな声で耳元で囁いた。そのまま耳たぶにキスをした。満足した目線を僕に送り、スクリーンに目を戻した。映画が終わるまで僕の手の甲は何度も抓られた。






帰りの電車の中でリカさんが泣いていた。人に見られないように僕の体で彼女の顔を隠す。


『あと何度もデートできない。』


その涙を見て僕はとても悲しくなった。最近はリカさんを泣かせすぎている。


『契約が終わったら直ぐに寮を出なきゃいけないの?』


僕は彼女の顔から指で涙を掬い取る。そうだねと頷く。


『半年以上働いた人には3日ほど時間をくれるらしいです。今月最後の土曜日が最終日だから、日曜日、月曜日と挟んで火曜日が退寮の日になりますね。』


『大きな荷物は郵便で送るでしょ?火曜日は私の家に来てね。何日でも良いのよ。』


もっと強く泣き出したので、何人かの乗客にジロジロ見られた。目的の駅まではあとひと駅あったが、僕は彼女の手を取り電車を降りた。


『歩いて帰りましょう。』


彼女はウンと頷いた。


『おんぶしろ。』


『はい。』


『今日も泊まれ。』


『はい。』


『愛を囁け。』


『大好きです。』




リクエストはおんぶだったが、周りに人がいなかったのでお姫様抱っこをしてみた。想像以上に軽いリカさんの体重にびっくりしていると、


『重いって思ったな?』


僕の首に両手でぶら下がり、顔をくっつけてくる。


『軽すぎです。もっと食べた方がいい。心配になる。』


本心からそういうと、これでも2キロ太ったのよ、あなたと食事する機会が増えてからと言われた。


『僕の存在はリカさんを健康にする。』


僕は嬉しくなった。お姫様抱っこからおんぶに背負い直し、リカさんのマンションまで歩いて帰った。











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