第九話
神崎さん達が帰ってから三日。本当に神様が訪ねて来た。
その神様は、どこからどう見ても白い猫と黒い猫なのだけど、左の白い猫の神様は左前足を、右の黒い猫の神様は右前足をくいっと曲げて姿勢良く座っており、そのお姿は所謂“招き猫”だった。
白と黒の猫の神様は、その姿勢を全く崩さず、目の前にいたと思ったら、瞬きをした瞬間、場所を移動されたりする。
白と黒の猫の神様は、全く同時に話すから、その声色は不思議な響きの音色のようで、一言一言が美しくも聞こえる。
僕は思ったことをそのまま口にしていた。
「神様は招き猫の神様なのですか?」
『『招くのではない。だか、そう思われておる。招き我等が得るのは福でも富ではないがな』』
この招き猫のような神様は何を招き得るのだろう?
それからは、神無月までありとあらゆる神様が訪ねて来て下さった。
「河童?!」
目の前には、深い草色の頭に皿を乗せ、口端のような口元をぱくぱくさせ、甲羅を背負った見るからに“河童”がいた。
この御方も神様だった。
「天狗?!」
腫れたような大きな鼻に赤ら顔、そして翼をはためかせるその姿は正しく天狗。
この御方こそ古都の偉大な神様の御一人らしい。
「一つ目小僧??」
子供の背丈に大きな一つ目。僕が怪談で、思い描き恐れ慄いたその姿そのもので腰を抜かすこともあった。
でも、この御方も都に社のある神様だった。
人の子と変わらない姿の神様が圧倒的に多い中、こう言ったまるで、こんなこと言えば畏れ多いが、“妖怪”や“あやかし”と言われるような御姿の神様も多数いらっしやった。
そう言えば、僕の神様もどこからどう見ても“人魂”である。小さな村は、あっという間に神様達で埋め尽くされんばかりとなろうとしていた。
「神様、神様の御姿ってまるで‥‥」
『言わんとしていることはわかる。儂もまるで“人魂”のようであろう』
「‥‥‥。」
僕の神様は、楽しそうにぼわっと光を発し、蔵に新しい酒が入ったからお前の父より先に味見じゃ、と呑気にふわふわと飛び立っていった。
神様達は、人の子の都合なんてお構い無しに僕に話しかけてくる。
怪談では、あやかしの総大将とも言われる、後頭部の長い禿頭なまるで“ぬらりひょん”な神様が僕に尋ねた。
『若は、儂らをどう思いなさる?』
神様なのは理解しているけれど、幼い頃にがくがくと震え聞いたぬらりひょんにしか見えない神様にそう聞かれ、僕はなんと答えて良いものかわからず言葉が出なかった。
こんな時にいてほしい僕の神様は、他の神様と酒盛りで忙しいらしい。
『誰も咎めぬ。思ったことを聞かせてくれぬか』
ぬらりひょんな神様は、よく見ると好々爺にも見えなくはない。
「なんだか、思い描いていた神様と姿が違っいま‥した‥‥」
『ほほほ。良い良い。そういうものですぞ』
ぬらりひょんな神様は、楽しそうにそう言って笑う。
神様達は、僕に会うと皆様本当に喜ばれる。
よりどころだから、とは言われるが、そんなに嬉しく思うことなのかが未だにわからず、ただただ、その歓迎に絆される日々。
皆様、本当に僕を大事にしてくれて、何か願いはないか?叶えてみせようと僕にけしかける。
戸惑う日々だが、畏れ多いその問いには僕は何も答えられない。
そうして幾日か過ごすと、神無月と呼ばれる時期に差し掛かる。
当然、僕の神様も留守にするらしく、他の神様方と旅立つと言う。
この地に集まった神様達は、隊列を組むように一つの波となり、うねりとなり、楽しげに、山の方に消えていく。
僕は、その行列を遠目に眺めながら、ある言葉を思い浮かべてしまった。
神様達の隊列を遠くにぼうっと眺め、もうそろそろ見えなくなるな、という頃、背後から声がかかった。
「まるで、百鬼夜行だろう?」
いつの間にいたのか、慌てて振り返れば、僕の後には背の高い体格の良い、二本の刀を腰に提げた立派なお侍様が僕を見下ろしていた。
驚いて絶句する僕にそのお侍様は、にやりと口元を上げ、足元に鳥居の“⛩”を書いたと思ったら、下に一本の線を引いた。
それは、まるで入口を閉じたように僕には見えたのだ。