第六話
「神様、お伺いしたいことがあります」
『ふむ、改まってどうした?』
「神様って何の神様なのですか?」
『ははは。今更か。そうだろうと思っとった。若、よく思い出してごらん』
そう言うと、ふーんふふーんと鼻歌を歌いながら僕の神様は、楽しそうにどこかに飛んで行った。
思い出せ、とはあの日のことだろう。
あの日、僕は僕の“本心”を深く考えた。
尾関先生の神様の社、一本の蝋燭がゆらゆら灯る部屋。
僕は、春子ちゃんが死ぬのが嫌だった。春子ちゃんは、僕の妹のような存在で弟達と同じくらい大事だったからだ。
僕は、春子ちゃんに元気になって欲しかった。元気なことは有り難いことで、それが当たり前の僕みたいに元気になってほしかったからだ。
僕は、元気になった春子ちゃんに、たくさんの楽しいを知ってほしかった。薄く微笑む春子ちゃんにもっとちゃんと笑ってほしかったからだ。
僕は―――
そうして考えてるうとに、春子ちゃんのことなのに、その全てに「僕は」と思っている事に気付いた。
春子ちゃんが生きていたら、僕は嬉しい。
春子ちゃんが元気になったら、僕は嬉しい。
春子ちゃんが笑顔になったら、僕は嬉しい。
春子ちゃんが、なんて言って、結局は、僕が、僕の気持ちの行き場を僕の満足行く所にもっていきたいのが本心だった。
春子ちゃんのために、なんて言って、僕自身のためだったのだ。
結局のところ、僕は僕の幸せを願っていたのだ。
だから、僕は叫んだ。
神様のように感じた蝋燭に向かって精一杯叫んだ。
「僕は幸せになりたい」
すると、尾関先生がぽんぽんと僕の肩を叩いた。
「神様がお認めになりました。若、手の指をこうして形を作りなさい」
尾関先生は、右手の人差し指と中指を、左手の人差し指と中指の付け根に交差するように重ねた。それは、社の入り口の鳥居の形にそっくりだった。
泣き過ぎて少し痛む頭を振り、興奮してたからか目がチカチカとしていて、それじゃだめだと、無理矢理唾を飲み込み、少し震える指先を言われた通り重ね、形どった。
鳥居とは、人の世とを隔てる結界を司る門である。
僕の重ねた指の間から、淡い光がぶわーっと広がって―――
何かが来た―――
思わずのけぞって、見上げたそこには、人魂がいた。
「え‥‥」
あれは何?と確かめようと尾関先生の方を向いたら、黒いどろどろとした塊がうにゃりと波打っていた。
「――――――っ!?」
化け物?妖怪?何???
もう僕は何がなんだかわからず、口をぱくぱく、うあうあ言っていた。
「驚きますよね。こちらが私の神様で―――」
尾関先生は、どろどろに目線を向け
「―――あちらが、若の神様ですよ」
尾関先生が見上げた先には、白くぼわーっと光る人魂。
まさか、神様がこのようなお姿とは‥‥。
驚きつつも、僕はばっと、額を床に押し付けながら必死に“僕の神様”に懇願した。時間がないのだ。
「神様、僕は春子ちゃんが元気になったら幸せです」
『相分かった。聞き届けよう、その願い。幸せとは尊いものよ』
ただ、それだけだった。
僕の神様が『帰るぞ』と、言い、走って家に戻ると、今にも儚くなりかけていた春子ちゃんは、すうすうと寝息を立てて寝ていた。
母が言うには、つい今しがた、熱も引き、震えも止まり、頬に赤みが戻ったらしい。お医者様も「峠を越えました。良くなったようです」と、春子ちゃんの無事を確認されたとか。
なんだか夢のようで、夜の縁側に呆けて座った僕は、隣でぼわーっと光る人魂のような僕の神様の御姿に、夢じゃないと、だんだんと“今”に引き戻された。
「あのう、神様‥‥?」
目も鼻も口もないけど、神様はこちらを向いたような気がした。
「ありがとうございます」
『よい』
なんだか、その言葉にどっと疲れが出て、それと同時に今日も雪深い庭を見渡し、とても寒かったのだと慌てて縁側から部屋に戻った。
春子ちゃんが生きている。
布団に潜り込んですぐに安心して眠りこけ、次の日はいつもより寝坊したのだ。
うーん。思い出したけれど、僕の神様って何の神様なの?
病気を治す神様?違う気がする。
考えても考えても、その日の僕に答えはでなかった。